東辺境伯領にて……第73話


 ミーチャがジュリアンをやり込めて、その場は静まりかえった。幼女ペアはポカンとしている。悲しそうでないのは、おそらくこのような状況がしばしばあったからだろう。


 ジュリアンの心配は尤もだ。誰だって家族が心配なのは当たり前である。

 彼女らの姉たちが誘拐を心配していたのは半分冗談で半分本気だろう。この世界、特にスラムでは犯罪率が高いのは常識だ。クロスもイスマルク司教の事件に関わって、それをよく知っている。その盗賊・奴隷商人は捕縛したが、それも氷山の一角だ。まだまだ危険が一杯である。


 しかし、ミーチャはクロスが言いたいことを十分理解しているようだ。防犯意識が高いのはいいが、身の丈に合わない心配をしても意味がない。犯罪者が本気になれば子供の抵抗など無きに等しいからだ。できることといえば廃墟に篭城することぐらいだが、それではジリ貧である。生きるためには最大限の防犯はしつつも危険に飛び込まなければならないのだ。それが何の後ろ盾もないスラムに生きる子供にできることだろう。


 ジュリアンの警戒心の高さと、ミーチャの積極性を足して2で割ればちょうどいいのかもしれない。

 だが、それも時間が解決するだろう。

 そう考えてクロスは再び口を開くのだった。


「二人とも間違ってはおらん。だが、この世には運という、人間にはどうしようもないファクターがある。期待するのも、悲観するのもほどほどにな。こうして我がここにいるのもそなたらの運がいいと言えるのだぞ?」


「そうよ。何でオーガがって思ったけど、私、元気になったじゃない! ジュリアが連れて来てくれたおかげよ?」


「……わかってるよ。俺じゃ何もできないってのは……でも、コニーたちは早すぎるんじゃ……」


 どうやらジュリアンは自分の無力さを嘆いているようだ。慎重になりすぎるのはそのせいだろう。


「まだそんなこと言って。ジュリアだってそれぐらいの年だったでしょ?」


「あ、あの時はまだ姉ちゃんたちが付いててくれたから……」


「今いないんだから仕方ないでしょ? ジュリアには冒険者で稼いでもらわないと。私が冒険者になるまで、この子たちだって仕事覚えないといけないんだし」


 クロスが聞いたところ、3年前までは成人していない兄、姉が複数いて交代でジュリアンとともにベン爺さんのところで仕事をしていたらしい。それもミーチャが働けるようになるまでで、その後彼らは成人してここを出て行ったようだ。


「わたし、はたらくよ?」「りんだもー」


「お前ら……」


「クックック……よかったではないか。妹たちが立派に育って。では、少しでも暮らしが楽になるように、我も一肌脱ごう。約束どおり魔法を教えてやる」


「「魔法!?」」 「「まほー?」」


「うむ。付いてくるがよい」


 先ほどまでの重苦しい雰囲気は何だったのかと言いたくなるほどのキラキラした目を向けてくる子供たちを引き連れてクロスは移動した。

 向かったのは今朝リフォームされたばかりの中二階である。

 そこには一畳サイズのラグマットが四枚敷かれていた。


「ますは靴を脱いで座るのだ」


 クロスが指示すると、子供たちは大人しく従った。幼女ペアは一人一枚と離れ離れになるのを嫌がりそうだったが、抱えていたクマゴーレムが宥めたようだ。


「一番に覚えなければならんのは『魔力循環』である」


 クロスも地べたに座り、子供たちに対して魔法についての講義を行う。ただし、ほんの触りだけだ。クロスはチート技で身体に覚えさせようという腹づもりなのだ。


「魔力循環?」


「うむ。魔力操作とも言うが、そこは気にするな。慣れるまでは毎日、寝る前に練習するのだ。そなたらが魔法を使えるようになるまではゴーレムを置いておく。そやつらに指導してもらうといい」


 クロスが説明すると、二体のクマゴーレムが任せろとばかりに胸を叩いてアピールする。幼女ペアはキャッキャと大喜びだ。


「では、今日は我が指導しよう。身体を楽にして、魔力の動きを感じるがよい」


 クロスはそう告げると、子供にもわかりやすいように、手のひらを向け、それをゆっくりと回すパフォーマンスをする。


「ん? なんか、変な感じ……」「私もあったかいような、くすぐったいような……」「グルグルするの?」「ぐるぐるー?」


 子供たちは何かを感じたようだ。

 実は『魔力循環』と『魔力操作』は基本的に同じことである。体内の魔力を動かすことを便宜的に『循環』と呼び、体外に漏れる魔力を操作することと区別しているだけである。将来スキルや魔法によってはこの区別が役立つのだが、練習段階では同じといえよう。

 この世界では、時間をかけて魔力を動かす訓練をするのだが、クロスはそのチートな能力を使い、4人同時に強制的に体内魔力を循環させていた。

 クロスが魔法を教えるのは彼らが初めてなのだが、これは中級神フェリアスに確認を取った上での行動である。自身の肉体と精神のシンクロ率をイレブン・ナインの精度まで魔力操作で高めた実績があるのだ。4人の子供の魔力を外から操作するぐらい朝飯前だ。

 クロスは経験から魔力操作は自転車と似ていると感じた。難易度は手放し運転や一輪車より高いかもしれないがコツさえ掴んでしまえば、あとは精度を高めるだけである。クロスが付いていなくとも、子供たちの努力次第だ。

 最初のコツだけ身体に覚えこませようという寸法である。


「今感じているのが、そなたらの魔力だ。覚えておくがよい。次に、魔法だが……」


 子供たちはクロスの発言に更に目をキラキラさせた。


「生活魔法を覚えてもらおう」


 地球でのフィクションでもお馴染みの『生活魔法』。ご都合主義かそれとも収斂進化か、この世界にもその観念があった。『種火』『微風』『照明』『給水』『穴掘』の5種である。これらは長い時間をかけて必要魔力を最小限に抑えた人類の知恵の結晶ともいえよう。また、人によっては『浄化(微)』と『治癒(微)』を加える向きもあるが、この二つは要求魔力が一段高いので『生活魔法Ⅱ』とも呼ばれることもある。


「……生活魔法か……モンスターは倒せないよな」「バカね。教えてもらえるだけスゴイじゃない」「まほう、つかいたい!」「りんだもー」


「そなたらの魔力は少なすぎる。大人になって『使い手』と呼ばれるほど増えるかどうかも、まだわからんのだ。ただ、使い続けると増えるのは間違いない。腐らず訓練を続けるがよい」


「「「「はーい!」」」」


「うむ。では続けよう」


 こうして魔法の修行は続けられるのだった。

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