東辺境伯領にて……第71話
「そうか。この近くにも魔境はあるのだな」
「おうよ、サエゼリアに行かなくても仕事はいくらでもあるぜ」
夕刻、クロスの姿はサウエッセンの中央ギルドにあった。
そろそろ冒険者たちが帰還する頃だ。クロスはジュリアンを待っている。それまでの暇つぶしとして、受付で塩漬け依頼の情報を聞いたり、早くも酒場で一杯やっている冒険者から話を聞いたりしているところだ。
ラノベのテンプレに従ってクロスの奢りである。
転生してから金銭に拘らなくなったクロスだが、前世は普通の社会人の経験もあり、先立つものがなければ社交も満足にできないと知っているのでギルドで適当な素材を換金してもらった。金のインゴットやドラゴンの素材は鑑定に時間がかかるそうなので、一部前渡しという形でだが。
サエゼリアでの視察(?)は順調だった。
冒険者ギルドから内壁までの距離は短かったが、道行く人々は笑顔でクロスに挨拶をしてくれた。内壁の門では、クロス単独だったがほとんど顔パスで、案内の兵士までつけてくれた。代官所でも代官への面会要請はすぐに許可が下り、ほぼ待ち時間なしで応接室に案内された。VIP待遇である。
代官は初めて会ったときとは別人のような遜った態度であった。代官自身も男爵と言う貴族なのに、何か企んでいるのではないかとクロスが疑うほどに。だが、実態はその貴族の身分のせいだったりする。
クロスが辺境伯とファーストネームで呼び合う仲だという情報を得て、只でさえドラゴンを従えるバケモノなのに神の使徒でもあるのだ。この上コネクションも自分より強いとなったら全面降伏するしかないだろう。男爵如きが敵対して誰が味方してくれるというのか。『長いものには巻かれろ』『触らぬ神に祟りなし』を地でいく選択だ。この代官が辺境伯の直属の部下なのか、国からの出向なのかはクロスは知らないが、重要な都市を任されるだけの才覚はあるようだ。
おかげでクロスの提案した孤児院新設の件はほぼ決まりとなる。建設に関わる費用と、軌道に乗るまでの運営費をクロスが出すというのだから断る理由がないともいえる。ただ、代官の職が暇なはずはないし、役人の数も有限なので、喜んで引き受けたわけではないようだが。現状の仕事と並行してやらなければならないのでかなりハードだろう。
その後は中央の神殿に向かった。
炊き出しや孤児院の件で仁義を切っておく必要性を感じたからだ。元社畜は根回しを重要視するのだ。
神殿では面識のある3司祭をはじめ、神官全員から歓迎を受けた。さすが神の使徒である。
驚いたことに、イスマルク司教の部下たちもクロスを拝んでいた。ただ、その表情は歓迎と言うよりも悲壮なものだった。クロスが大規模な神聖魔法を展開したことで神の使徒だということは否応なくわからせられた。派閥の上司はその神の使徒にケンカを売って捕らえられたようなものだ。彼らはいつ自分たちも捕まるのかと恐れている。実際、証拠のリストに名前の載っている神官は監禁されている。後は王都の大神殿の判断次第だが、集金力も後ろ盾もなくなった下っ端神官の肩を持ってくれるとは考えられない。表向きは配置換えで済ますかもしれないが、裏では……というのが容易に想像できる。教会とはそういう組織でもあるのだ。
一縷の望みに賭けてクロスを拝み続ける彼らだったが、クロスは特に反応しなかった。勝手にしてくれとしか思えないからだ。『口封じ』と『自浄作用』、『氷山の一角』と『蟻の一穴』は似て非なるものだ。どちらに転がるかは神にもわからない。なるようにしかならないのだ。
挨拶は適当なところで切り上げさせ、クロスは用件を告げる。といっても、こちらも挨拶のようなものだ。炊き出しと孤児院の新設。教会の十八番と言ってもいい。営利目的ではないが、面子には関わってくる。開始前に話を通しておくのがベターだろう。
お互い忙しいだろうから、協賛という形で教会も関わっていることを周知させることに決まった。これでトラブルは減るだろう。
ロイド司祭は、職員の人選はお任せくださいと申し出てくれた。ありがたいことである。クロスは礼を言って神殿を辞した。
その後、問題のスラム街でも視察しようとも考えたが、ハイドギルド長に言われたとおり騒動が大きくなりそうなので今日のところは我慢した。子供たちも肉体上は健康なので、炊き出しが行われれば、しばらくは問題ないだろう。
そうこうしている間に時間は過ぎていて、夕刻となっていたのだ。
「あれ? オッサン? なんで?」
ギルドにジュリアンが入ってくるのが見えたので、クロスは冒険者たちとの会話を中断し、入り口に向かった。
ジュリアンはまさかクロスが待ち受けているとは思わなかったようだ。
「約束したであろう? 報酬に夕食を振舞うと」
「ああ、そういやそうだったっけ……う~ん……」
色々あって忘れていたが、思い出しても、それが正当な報酬かどうかで微妙な気持ちになるジュリアンだった。もらいすぎという意味でだ。
「フハハハ。悩むがいい。人生いいことも悪いこともある。選べるものも選べないものもある。ちなみに我からは逃げられんぞ?」
「なんだよ、それ……もう、いいや。受付行って来る……」
「うむ。ゆっくり並ぶがよい。我は酒場で待っておる」
クロスはマントを翻し酒場に向かった。
その、まるで演劇でもしているかのような光景に、依頼完了報告のため順番待ちしていた冒険者たちは呆然としていた。幸いなのは、クロスのことを知らない冒険者もいたが、昨日クロスが冒険者登録した場面を目撃した人間の方が多かったので大きな騒ぎにはならなかったことだ。加えて、ジュリアンのような、如何にもスラムの子供が中央ギルドに出入りしていることをよく思わない者でも、クロスの知り合いということで今日は絡む者はいないようだ。
そのクロスは酒場の元のテーブルに戻り、座……らずにウェートレスに声をかけた。
「すまぬが、今日有るだけの酒を全て売ってくれ。これで足りるか?」
「え? こ、こんなに……じゃなくて、買占めは困ります!」
クロスは買取で手に入れた金銭の残りを渡すと、ウェートレスはその金額に驚いていた。一部とはいえドラゴンの素材。金貨がザクザクである。
「我一人飲むわけではない。冒険者たちよ! 我も今日初めて冒険者として依頼をこなした! その祝いと、昨日の約束どおり酒をおごろうではないか! 好きなだけ飲むがよい!」
「マジか!」「オーガなのによくわかってるじゃねえか!」「太っ腹だな!」「お、おい、チンタラ並んでる場合じゃねえぞ!?」「こ、交代で並ぶか?」
「「「「「うおーっ!」」」」
「ひぃいいーっ!」
クロスの『オゴリ宣言』を聞いた、受付に並んでいた冒険者の半数が酒場ゾーンに雪崩れ込んできた。その勢いは、いつも荒くれ冒険者を相手にしているウェートレスをも怯えさせるものだったようだ。
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