東辺境伯領にて……第70話
その後話は順調に進んだ。
今回は、クロスは資金を出すだけにして、その他のことは全て冒険者ギルドに任せることにした。
ギルドの手間が増えることになるが、その分手数料も取れるし、何より、人手が余っている状態だ。雑用でも買出しでも仕事を割り振ればいい。
炊き出しは一日一回にしておく。クロスもそこまで過保護ではない。
この城塞都市サエゼリアは農地が少ない。肉は大森林や大ジャングルからモンスターが獲れる分、文字通り売るほどあるが、穀物・野菜は半分が輸入頼りだ。
大森林の反対側、町の北西は荒地になっているが、その荒地を囲むように農村が点在している。一番近いところで西へ半日ほどである。冬と雨季以外はほぼ毎日行商人が野菜を運んでくるのだ。
昼頃市場で売り出された野菜はあっという間に売り切れるが、街の小売業者は前日の売れ残りを抱えているところもあるという。炊き出し用の野菜はそれを使えばよいと決まった。あとは、売れ残りのパンでも配れば、子供たちは好きな時にもう一食食べられるだろうと思われる。
「なるべく子供と年寄りを優先してくれ」
クロスの使命、実はフェリアスが上司である上級神たちに報告する時に『クロスが善行を積んでいる』とアピールしたいがための、打算だらけの弱者救済活動であるが、前世と違ってクロスは無力ではない。それどころか世界を一変させてしまう力を持っているのだ。募金箱に白紙の小切手を入れるような真似も可能である。
だが、一方で中身は元社畜のオッサンだ。そこまで精力的に人助けする気概はない。それがちょうどいいバランスを取っているのだろう。フェリアスもしたいようにすればいいと言っている。
クロスが『なるべく』と言っているのはそのような気持ちからだ。
できれば子供は助けたい。だが、だからといって細かい規制をかけるつもりはない。資金や物資の中抜きは当然あるだろうが、銅貨1枚麦一粒まで監査するつもりもない。そのせいで救われない命があるかもしれないが、それこそ弱肉強食の摂理だ。粛々と受け入れるしかない。
もし受け入れられないとしたら、それはこの世界の秩序への反逆に他ならない。最終的に世界の崩壊に至る可能性がある。危険な賭けだ。クロスがそうしなければならない理由があるのだろうか。
「わかった。なるべくでいいんだな。なら受けよう」
ハイドギルド長はクロスの言いたいことを理解しているようだ。
理想だけでは、正義だけでは世の中渡っていけないということを。
『無敵の人』であるクロスと違って、ギルド長ともなれば守るべき組織がある。依頼人だから、正しいことだからといって何でもかんでも引き受けるわけにはいかないのだろう。具体的に言うと、コストパフォーマンスを考えなければならないのだ。
農業に例えてみる。
農家の天敵は多く、雑草、害虫、害獣、日照り、水不足、冷害と素人でもこれぐらいは思いつく。
これらを放置すると作物に被害が出る。対策が必要だ。
しかし、『悪は滅ぼさなければならない』というノリで行動するのは短絡的に過ぎる。
具体的に言うと、ある畑一面の作物の収益が1万だとして、天敵対策費に1万かかったとしたら赤字確定である。農業を続ければ続けるほど赤字が嵩み、ついには廃業せざるをえないだろう。
これを強要する人間が必ずいる。他人が赤字になることなど一切知ろうともしない、いわゆる『正義の使者』だ。害虫一匹雑草一本たりとも許すな、と言うわけだ。政府は政府で、補助金などで何とか廃業はさせないようにしているが、見方を変えれば生かさず殺さずだ。政治家は未だに農業従事者を『農奴』と看做しているのだろう。
逆に、『農薬は使うな、手作業でやれ』『害獣は可愛いから殺すな』『水不足だから大量に水を使うな』『二酸化炭素が増えるからハウス栽培はするな』などと勝手な理論を押し付けようとする『理想論者』もいる。自分自身が実践するならともかく、安全なところから口だけ出して責任は一切取らず、迷惑を振りまいている存在。現実が全く見えていない。それでいて、『自分は常に正しいのだから従え』と、有りもしない権力を振りかざす狂人だ。
ハッキリいってこのような人間こそ農家の天敵だ。
農業は一例に過ぎない。どんな世界にもこのようなことは転がっている。
まともな経営者・為政者は、このような戯言を一切考慮せず、効率、コストパフォーマンスを重視して事に当たる。
犯罪に関してもそうだ。
『目に余る』という言葉があるが、それは程度の問題だ。『目に余る』程度より小さな犯罪は見て見ぬ振りがベターである。ベストではないことは重々承知だ。小さな犯罪を一々、徹底的に追求していたのでは、それだけに忙殺され、肝心の大きな犯罪を見逃してしまうことになりかねない。
逆に、小さな犯罪に忙殺されたことを理由にして、大きな犯罪を『わざと』見逃す、というパターンもある。つまるところ、権力者同士の馴れ合いだ。本人は言い訳として『○○先生を失うことは社会の損失だ』などとのたまうかもしれない。どう考えても個人の利益を重視しているとしか思えないが。
しかし、一方ではこれも程度、線引きの問題とも言える。『水清ければ魚棲まず』『清濁併せ呑む』という言葉もある。綺麗ごとだけでは世の中はやっていけない。上記の○○先生のような人間を一々排除していたら『ウソから出たマコト』で本当に社会が麻痺してしまう可能性もある。嘆かわしいことだが、理屈上人類の半数は『悪』といえる。それがバランスであり秩序なのだ。
そこまで考えて、クロスはそれ以上考えるのは止めた。
クロスは究極生物の身体に転生したものの、中身は只のオッサンである。新たなる真の理想的な摂理など思いつくはずもない。
こんなことは、ダンジョンに帰ってからフェリアスと愚痴の零し合いでもすればいいのだ。神の世界も不満だらけのようであるし。
だが収穫はあった。
目の前のハイドギルド長はクロスの考えをおおよそわかってくれているようである。少なくとも感情に任せた判断はしないだろう。
異形の転生者であるクロスはこの世界での異物だ。社会に溶け込もう、この世界の一員になろうというのはハッキリいって無謀でしかない。チートに任せて力ずくというのは逆効果だ。だからここでも線引きするのだ。クロスは自分の理想を押し付けないように戒めているつもりだ。態度は傲岸不遜だが。
それでも精神が人間のままのクロスは少しでも人間社会と関わっていたいという欲求がある。それは当分なくならないだろう。
だからこそ、ハイドギルド長が一定の理解を示したことが、東辺境伯たち以外に理解者ができた気がしてクロスは内心歓んでいる。
クロスはそんな感情を胸に秘めながら、ギルドを辞した。
その足で中央区に向かう。孤児院建設の許可をもらうために。それが今クロスに出来ることだから。
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あとがき
カクヨムコン9、書く方も読む方もお疲れ様です。
拙作は☆がいまいちだったので、書き直しを考えております。
ストックの関係もあって、以降は週一ペースになることをご了解ください。
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