第8話 話を聞かせてもらおうじゃないか


『クロスさん! クロスさん! 正気に戻ってください! これは現実です!』


「げ……んじつ……お、俺は女になってしまったのか? あ! 俺、裸だった! コア! コア! 何でもいい! 何か着る物出してくれ!」


 現実と言われて、客観的に見ることができたクロスは、やっと自分が服を着ていないことに気が付いて慌て出す。現代人なら当然の感覚だ。


『だ、大丈夫です! 見えてません! この通信は音声だけです!』


「そ、そうなのか? あ、いや、取り乱しました。すみませんでした」


『いえ、こちらのほうこそ。予想はできましたが、言葉で説明するよりも手っ取り早さを選択した結果です。申し訳ありません。それでクロスさん、もう落ち着きましたか?』


「あー、もうちょっと時間をください。やっぱり裸は落ち着かないです」


『あ、はい。どうぞ』


「コア、そういうわけで服をくれ」


『でざいん、ヒンシツハ ドウイタシマスカ?』


「日本の物は創れるのか?」


『ハイ、ますたーノ チシキガ いんぷっと サレテイマスノデ カノウデス』


「じゃ、普通のジャージ上下でいいや。パンツは……男物のビキニで。靴はとりあえずサンダルでいいか。デザインも普通の、地味なのでいいからな」


 クロスはゴージャスな姿見を見ながらダンジョンコアに念押しした。


『ハイ、ワカリマシタ』


 ダンジョンコアが返事をすると先ほど見た魔法陣が現れ、注文の品が届く。


「ネット通販より便利だな。あ、地べたに直接か……コア、それからソファーとローテーブルも頼む。地味でいいからな」


 クロスは地面に置かれたジャージを拾い、それに着替える。顔が顔なので似合わないことこの上ない。いっそ虎の毛皮のほうがよかったかと思うほどだ。

 半ば現実逃避していると、注文通りの一般家庭のリビングに置かれていそうなソファーとローテーブルが少し離れたところに出現していた。

 クロスは無言でソファーに倒れこむように座り、深く溜息をつく。


「コア、食い物とか飲み物も創れるのか?」


『カノウデス』


「じゃ、とりあえずビール……は、まだ説明も何も聞いてないからマズイな。コア、ミネラルウォーターのペットボトルとグラスを頼む」


『ワカリマシタ』


 ダンジョンコアとのやり取りにも慣れてきたようで、瞬時にテーブルの上にペットボトルとグラスが現れる。

 クロスはグラスに水を注ぎ、一息で飲み干した。ダンジョン産だということはこの際気にしないことにしたらしい。


「くぁーっ! 生き返る! あ、転生したんだったか……」


 嫌なことを思い出したクロスだった。

 嫌なことは水とともに飲み干したいが、そうは行かないのが現実である。


 クロスは2杯目の水を飲むと、今度は座ったままコアに向かって話しかける。相手は中級神フェリアスだ。


「フェリアスさん。お待たせしました。今、いいですか?」


『はい。クロスさんの件は重要事項ですから、こちらはいつでもかまいません。落ち着かれましたか?』


「いや、お恥ずかしいところを見せてしまい、恐縮です。問題は全く解決していませんが、説明とやらをお聞きしないことには……」


 自分の異形さを直視してしまっているので、嫌味の一つも出てしまうのは仕方がない。


『バカな部下が申し訳ありませんでした……』


「それは言っても始まりませんから、説明をお願いします」


『あ、申し訳……そ、そうですね、どこから話したらいいか、私も困っているんですが……結論から話したほうがいいですか? かなりショッキングですけど、避けては通れない問題ですし』


「救出に来ることはできないんですよね? でしたらその時点ですでにショックを受けてます。これ以上は心が持たないかもなので、結論は最後の最後に回してください。それに、よくはわかりませんが、私はここのダンジョンマスターになってるみたいですし、食べ物にも不自由しないようですから、時間だけはたっぷりあります。始めから、ソフトな感じで、時系列でお願いします」


『そ、そうですね。わかりました。ソフトにですね? ただ、神の世界のことは教えられないこともあります。クロスさんに直接関わらないことはボカした説明になりますが、ご了承ください』


「問題ありません。正直、本当のことかどうか確かめようがありませんから、理解できることだけで十分です」


『わ、わかりました。そうですね、問題がいくつも絡み合って余計に悪化した状態なのですが、ことの起こりは数万年前に遡ります』


「封印がどうのとか、廃棄品がどうのとか聞かされましたね」


『あのバカ女は全く! 情報ダダ漏れじゃない! せっかくソフトにまとめようとしてたのに!』


「殺すつもりだったのでどうでもよかったのでしょう。ドラマではありがちですね。とりあえず続けてください」


『あ、はい。それでですね、その数万年前のことですが、とある神が世界創生の仕事を割り当てられたのです。私や部下のように世界の一部を管理するのではなく、一から世界を創りあげる大事業です』


「まあ、そういう神話的な設定はよく聞くので理解できます」


『そうですね、特に秘匿されているわけではないのですが、何故か信じられていないのが実情です。それで、クロスさんがすでに廃棄予定のことを知っているので先に言ってしまいますが、その神が人類の雛形として創りあげたのが、今のクロスさんの身体なのです』


「なるほど。実に神話的ですね。人類の雛型、そして廃棄。どこかで聞いたことがありますよ。サタンだったかな?」


 特定の宗教に入信していなくても現代人なら知っているエピソード。特に日本人ならもう少しディープな知識を普通に持っている。アダムとイブの前にも楽園を追放されたモノがいた。それが有名な『サタン』であるという説は偶に聞かれる。以前は天使長ルシファーが堕天してサタンになったという説が有力だったが、いつの間にかいろいろな説が登場しては消えていくのだ。


 真偽はともかく、サタンと同じ境遇であることに一抹の不安を覚えるクロスであった。



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