第6話 前フリ?
『あ、はい。この度クロスさんに連絡を取ったのは、謝罪と神側が手出しできない事情の釈明、クロスさんが転生した肉体についての報告、それとクロスさんへのお願い、があるからです』
クロスに促され話を続けるフェリアス。
「4本立て……フェリアスさんはできる上司なんですね。疑いが少し晴れました」
『少し、ですか……釈然としませんが、クロスさんの立場からすると仕方がないことなんでしょうね……』
「ダメダメだった部下よりマシだ、ぐらいです。それに、神サマが人間ごときに平身低頭しすぎじゃありませんか? そこはかとなく胡散臭い気がするんですよねぇ」
『確かに、本来ならありえないことなのですが、今回の一件は神の世界にとっても軽視できない問題なのです。関係者のクロスさんに礼儀をもって接するのは当然です。万一交渉自体が拒絶されては大事ですから』
「それにしては、謝罪も釈明も理解できますが、そちらは助けもしないのにお願いがあるって、いくら神サマだからって一方的やすぎませんか?」
『はい。そう感じるのも無理もございませんでしょうが、まずは説明をお聞きください。そうすれば必ずやご納得いただけると思います』
「……まあ、確かに聞かないと何も始まらないか……じゃあ、どうぞ、続けてください」
無理矢理転生させられ、しかもダンジョンなどという危険極まりない場所に送り込まれたのだ。『神』を名乗る存在に対する信頼など底を突いている。
しかし、話を聞きたいのはクロスの本心でもある。
クロスは社畜時代に培った精神力で憤りを鎮め、話を進めるのだった。
『はい、ありがとうございます。ですが、この度の事件の説明の前に少しだけこのダンジョンについての説明をしてもよろしいでしょうか? たぶん説明を聞くのに役に立つと思います』
「ダンジョン? ああ、そういえばそうだった。聞きたいことが山ほどあって忘れてた。フェリアスさんがそういうなら、説明の順序は任せますよ」
『はい。ありがとうございます。では、まずはこちらからそこのダンジョンコアに幾つかの情報や役立つ機能をインストールします……はい、終わりました。これでそのコアはクロスさんと意思疎通が可能になりました。日本語も使えますよ』
「おお、それは助かる。それで、ダンジョンコアで何をすればいいのですか?」
『ダンジョンコアは魔力さえあればほぼ何でも創造、創り出すことができます。命すらも。ただし人類種以外という制限はかかっていますが。それで、クロスさんにまずは創っていただきたいものがあります。あ、そういえば立たせっぱなしでしたか? 申し訳ございません。こちらでは用意できないのでお手数ですがソファーでも創ってお座りください』
「ソファー? 立ちっぱなしといっても、ダンジョンコアの位置がちょうど正面に来るので話しやすいですし、このままでも構いませんよ。で? 創ってほしいものって、それが本題の『お願い』じゃないですよね?」
『い、いえ、違います、違います。創っていただきたいのは、大き目の鏡、いわゆる姿見です。それで客観的にクロスさんの今の身体を見てもらえれば説明がしやすいと思いまして』
「なるほど。未だに転生したってのが信じられないっていうか、自分がどうなってるかわからないって不安はあるな。見えてる部分はかなりゴツイし、声も太く低くなってる気がするし……わかりました。じゃあ、ダンジョンコアに話しかけてみますね? おい、ダンジョンコア、俺の言ってることがわかるか?」
クロスは先ほどと変わらぬ姿勢で、敢えて一人称を変えてダンジョンコアに呼びかけた。
『ハイ。ワカリマス。ハジメマシテ、ますたー。ワタシハ、だんじょん・こあデス』
先ほどまで会話していた中級神フェリアスの声とは全く違った、どことなく機械的な音声がキラキラと明滅するダンジョンコアから聞こえてきた。日本語に間違いない。
「おお。通じてる、通じてる。よろしくな? あー、やっぱり俺がダンジョンマスターになってるのか?」
『ハイ。ますたーガ コノだんじょんノ だんじょん・ますたーデ マチガイ アリマセン』
「そうかー……なっちゃったか……ここから出られないとか、コアが壊れたら死ぬとか、恐い設定はいくらでも思いつくけど、後回しだな。まずは現状を把握しないとな」
ダンジョンマスターになったことでどんな影響があるのかを確かめることも十分現状把握になるのだが、クロスは誰に対する言い訳かわからないまま後回しにした。
「それで、話は聞いてたと思うが、姿見は創れるか?」
『ハイ、カノウデス。でざいんハ イカガシマスカ?』
「俺の全身が映ればいい。デザインは任せる」
『バショヲ シテイシテクダサイ』
「後で移動できるか?」
『カノウデス』
「じゃ、ここでいい」
『ワカリマシタ。マホウジンニハ フレナイデクダサイ』
ダンジョンコアの宣言とともに、クロスの前方1メートル付近に、日本人ならどこかで目にしたようなコテコテの魔法陣が七色の光によって描かれる。
その光が消えると同時に見るからにゴージャスな姿見が現れたのだった。高さは2メートル以上。ロダンの地獄門か、と突っ込みたくなるほど装飾が作り込まれていた。『希望を捨てよ』とは書かれていないようなのだが、果たしてクロスに希望は残されているのだろうか。
「ほお~。流石は魔法の世界。映えるな。それにしても豪華すぎないか? もっとシンプルで……ん? んんんん?」
魔法のエフェクトとその後現れた姿見の枠のゴージャスさに目を奪われていたクロス。
だが、姿見の本質は枠ではなく『鏡』本体だ。
そのことに気付いたのかどうかはわからないが、とにかくクロスは鏡に映る自身の姿を目にした。
「なんじゃこりゃあああああ!!!」
ダンジョン最下層に響くクロスの魂の叫び。ドラゴンは気絶した。
後にクロスは「あれはネタじゃない」と供述したそうだ。
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