第5話 コンタクト



「しかし、触れって言ってもな……ラノベじゃ触ったらアレだろ? ダンジョンマスターになるってヤツ。それでダンジョンから出られなくなるとか、コアと一体化してコアが壊れたらマスターも死ぬ契約とかってパターンだとデメリットが大きすぎる」


 男は逡巡しながら周りを確認する。

 話に聞いた『魔法陣』らしきものはない。かといって他の階層に続いていそうな階段やドアは、この大部屋を隅から隅まで探したわけではないが、見当たらない。


「ああ、ラスボスを倒さないとドアが開かないってパターンも……いや、倒さないぞ? ていうか無理だし」


 ドラゴンが再び服従ポーズを取ったので、男は戦わない方針を採用した。

 そうなると選択肢は少ない。


「……しかたない。デメリットがないほうに賭けるか……」


 大部屋を探索するのは面倒だとばかりに、思い切ってダンジョンコアに触れる男。

 一旦決めたら行動は早い。


『☆§@*##%ιλλμξξωωθ⊿⊿∟∠√』


「うん? 何て?」


 男がダンジョンコアに触れると音が、いや声が聞こえてきた。

 ただし、男は理解できていない。


『☆§@*##%ιλλμξξωωθ⊿⊿∟∠√……『クロス・ライトさんですか?』』


「おお? いきなり言葉が話せるようになったぞ? ダンジョンコアって頭いいな。まだ教えてない名前まで知っているし。これも魔法か?」


『いいえ。私はそのダンジョンコアに介入して通話をしているのです。クロスさん、この度は大変申し訳ございませんでした』


「い、いきなり謝られても……え? ダンジョンコアじゃないんですよね? どちら様でしょうか? 」


『……口にするのも恥ずかしいことですが……クロスさんを無理矢理転生させた下級神、いえ、デキソコナイで役立たずのメス豚の上司でございます……』


「は? あの老害って言ってた?」


『クロスさん?』


「あ、スミマセンデシタ……」


 転生男ことクロス・ライトは早々に謝罪した。


 ◇◇◇


 しばし無言の状態が続いたが、切羽詰まっているクロスが先に口を開く。


「……それで、上司さん……」


『あ、色々あって名乗ってませんでしたね。私は中級神を務めております、フェリアスと申します』


「ちゅ、中級神……やっぱり本当に神サマなんですね……えーと、それで、フェリアス様……」


 中級神と聞いて中間管理職を連想したのは秘密だ。とっくに中年を過ぎているクロスは、お互い苦労してるんだな、と彼女の部下の失態を実体験しているので特に同病相哀れむの気持ちが強くなる。


 その気持ちが通じたのかどうか、女神フェリアスはクロスに対して当たりが優しくなる。


『どうぞ、フェリアスと呼んでください』


「えーと、じゃあ、フェリアスさんで……」


『まあ、いいでしょう……』


「それでですね、フェリアスさんが連絡をくれたってことは、私をこの状況から助けてくれるってことでいいんでしょうか?」


 クロスは『蜘蛛の糸』を思い出していた。まさに一縷の望みに賭けて助けを求めた。

 だが一方で、死後に起こった不可思議で理不尽な出来事が心を麻痺させた上、聞きかじったサブカルチャーの知識が『冒険の旅はこれからだ!』と囁いている気もしている。


『すべてこちら側の落ち度ですので助けて差し上げたいのは山々なのですが、直接手を差し伸べられない立場なのです。申し訳ございません』


 やはりどこかで聞いたことがあるような設定だなとクロスは思った。

 今の状況が夢や妄想でない限り神サマらしき存在は実在するのだろう。しかし、そんな力の持つ存在が人間の世界で何かをしたという話は寡聞にして、それこそフィクション作品の中でしか聞いたことがなかった。いくら時間に追われている社畜でもそんなことがニュースにでもなっていれば知っているはずだ。であれば神的存在は本当に何もしていないか、こっそり活動していると言うことになる。

 なぜ力を持つ存在が隠れるようにしているのか。世の自称有識者たちは色々と理屈を捏ねて辻褄を合わせようと考えている。

 その中でよく知られているのが『神は人間に直接関与しない、というルールに縛られている』という設定だ。


「……やっぱり……まあ、そんな気はしてました。で? なら、どうしてわざわざ連絡を? 謝罪して済む問題じゃないでしょう」


『え? あ、あの、怒っていらっしゃらないのですか?』


「あ? 当然怒ってますよ? ただ、まあ、地球の、日本の文化に接してるとですね、色々展開が読めるようになるんですよ。そうするとね、怒りよりも諦めが大半を占める場合もあるんですよ。それにね、せっかくそちらと連絡できるようになったんです。短気を起こして蜘蛛の糸が切れるような事態は避けたいのですよ」


『蜘蛛の糸……ああ、検索して理解しました。クロスさんの思慮深さに感謝いたします。もちろんこちらに非があることですから、こちらから敢えて交渉を打ち切るということはありえません。そこは信頼していただければ……』


「交渉に信頼ねえ? まあ、フェリアスさんが、実は転生担当の金髪女神で、声色と口調を変えて私を騙し、マッチポンプ的に私を篭絡して事態を有耶無耶にしようと画策してる可能性もないこともないからねえ?」


『わ、私は私です! あんな役立たず女と一緒にしないでください!』


「いや、声だけじゃ本人確認できませんし」


『に、日本の方は皆そうまで疑り深いのですか?』


「時と場合によるかな? 私の場合、ほら、酷い目に遭ったばかりだから……」


『愚かな部下がとんでもないことをして、重ね重ね申し訳ありませんでした』


「まあ、謝罪はもう結構です。それで? 助けてくれないのに交渉ってどういう意味ですか?」


 クロスは、疑ってばかりいても問題の解決にはならないとばかりに、話を進める。



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