第4話 コミュニケーション?



「……全然動かないが……まさか巨大なソフビ人形じゃないよな? 口だけ開いてドラゴンブレス風のホログラム装置が組み込まれてる……ってんなら焼き殺されてない説明もつくんだが……そういうわけじゃなさそうだな」


 グルルと低い唸り声が聞こえるわ、巨体が微妙に揺れているわで、生き物っぽさが感じられた。不思議なのはブレス攻撃が致命傷にならなかったことだ。


「襲い掛かってこないところも合わせると、ブレスも見せ掛けだけの、ただの脅しの可能性もあるな。なら、本格的に敵対しないうちに逃げれるかも……」


 男はそう判断した。どちらにしろ逃げ出すのは決定事項なのだ。


 だが、日本での熊に遭遇した場合の注意事項を知っていた男は、いきなりドラゴンに背を向けて走り出すという選択肢はなかった。熊のみならず野生の動物は本能的に飛び掛ることが多いそうである。それが犬猫だとしても。


 男はドラゴンに目を向けたままゆっくりを右足を引いて一歩下がった。


 するとどういうことか、今まで動かなかったドラゴンも一歩下がったではないか。


「ううん? どうなってる? もう一歩……」


 男がもう一歩下がるとドラゴンもまた下がる。


「……俺の真似してるのか? じゃあ、俺が前に出たらドラゴンも前に出るのか?」


 自称女神のせいで心を麻痺させていた男は、普通なら思いついても恐くて実行できないことを試そうとしていた。

 バカバカしい実験の結果は、男が一歩前に踏み出したとたん、ドラゴンはシャカシャカという擬音語が似合いそうな動きで更に後退していったのだった。


「前に出るんじゃねーのかよ!」


 呆気にとられた男が思わず叫んでしまった。


(ヤバイ! 刺激してしまったか!)


 男は自分の迂闊さに舌打ちしたが、ドラゴンの反応は更に斜め上をいっていた。


 なんと、その場で身体を『伏せ』の状態にしたのだ。

 図体が大きいものだから、その動きで大きな音がする。男は今度こそ襲われるかと飛び上がるほど驚いた。


 だが、更なるドラゴンの行動で、別方向で驚いた。

 ドラゴンは『伏せ』の状態から身体を半回転させ、腹部を男に見せ付けるような体勢となった。しかも、両腕は手首に当たる部分をクイッと曲げ、まるで猫が甘えているようなポーズを取っている。


 しばらく呆然とドラゴンの寝転ぶ姿を見つめていた男はある結論に達した。


「……もしかして……降参のポーズか?」


 ドラゴンは、あたかも男に返事をするかのように、グルルと喉を鳴らした。気のせいかもしれないがドラゴンの瞳はウルウルしているように見える。


「こういう場合どうすればいいんだ? 腹を触る? それで怒る猫がいるって聞いたことあるぞ。ドラゴンの習性なんてわからんし、文字通り逆鱗に触れたら今度こそ終わりだからな……」


 しばし考え込んだ男は決断を下す。


「よし。見なかったことにしよう。ここから出て行くのに問題なさそうだし」


 男はくだらない実験をなかったことにして逃走を再開する。このドラゴンは限りなく安全そうだが、念には念を入れて後ろ向きにドラゴンから離れていく。


「ガウーッ」


「えっ、な、なんだよ、今度は……」


 男が遠ざかろうとするとドラゴンが起き上がり、そこまで大きい声ではないが、ハッキリと吼えた。


「ガウ、ガウ」


 ドラゴンは首を横に振りながら再度吼える。

 男は、これは威嚇しているのではなくて、何か伝えたいことがあるのではと一考する。


 そうすると見えて来るモノがあった。首の振り方が『いやいや』と否定的なイメージではなく、男から向かって右側に偏っているきがしたのだ。これは、横着な人間が顎で方向を示すのに似ているのではないかと感じる。


「……もしかして、そっちに行けってことか?」


「ガウ、ガウ」


 男が右側を指差すと、今度のドラゴンの返事はわかりやすかった。首を上下に振っている。おそらく全宇宙共通なのかもしれない。


 男はあくまでも逃げるのが目的だが、この部屋と呼ぶには大きすぎる空間のどこに出口があるかわからないのでドラゴンの指示にしたがってみるのも面白いと感じた。


 自称女神によれば、ここはダンジョンの最奥らしい。

 男が以前読んだことのある小説では『脱出用の魔法陣』というものが登場していたので、それも期待している。


 男は一歩一歩慎重にドラゴンの横を通り過ぎた。いつでも男を殺すことができるドラゴンが何故か友好的だったのは不思議だが、油断は禁物である。ダンジョンと言えば『罠』というのも日本で読んだことがあるのだ。ドラゴンとは無関係の罠で死んだらバカバカしすぎだろう。


「あ、ドラゴンが目立ちすぎて、すぐ後ろが見えてなかったわ」


 男が発見したのは、扉のない小部屋とでもいうべき場所。


 一度視界に入れば、目立った特徴がある。

 それは、小部屋の中央に台座があり、その上にどんな原理か知らないが、巨大な宝石にしか見えない物体が浮んでいるのだ。宝石に興味のない男がイメージできるのはダイヤモンドである。水晶でもいいが、ただ透明なだけでなく角度によって虹色に見えるので、なんとなくそう感じた。


「これ、絶対にダンジョンコアってヤツだよな……」


 男はディープなオタクではなかったが、忌避するほどでもないと適当にサブカルチャーに触れていたため、ノーヒントで答えに辿りつく。


「ガウガウ」


 男がダンジョンコアの存在を確認したところで再びドラゴンが声を上げる。

 男が目をやると、ドラゴンは片手で宙を搔くようなジェスチャーをした。


 男は一瞬『こっちに来い』という意味かと考えたが、ダンジョンコアと絡めて考えるとどうも違うのではと再考する。


「持ってこい、か? いや、触れってことか」


「ガウガウ」


 ネット小説の知識込みで考えた答えは、どうやら正解のようだ。




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