第3話 転生させられたらドラゴンがいました


「……あった! これよ、これ! 『人類の雛形、欠陥アリ。廃棄予定』。なにこれ? これだから老害どもは……何万年封印したままなのよ? アハハ、もう原始人じゃん。しかも欠陥品だなんて、口うるさい人間にピッタリね! さっすが私、記憶力抜群ね。昔チラッと見た覚えがあったのよ」


 108と109を間違える記憶力のどこが抜群なのか。

 男は賢明にも口に出さずに心の中でそう思った。


 しかし、男は魂であり、相手は自称女神なのだった。


「口の減らない男ね。でも許してあげるわ。それどころかアナタの望みもついでに叶えてあげようじゃない。感謝することね」


(望みって……原始人に転生させることがかよ?)


「そうよ? そうね、未発見ダンジョンの最奥に転生させてあげる。そうすれば、老害たちが長年処理してこなかったゴミも、死にたがってるアナタも一度に処分できるわ。一石二鳥ってヤツね。私ってば天才じゃないかしら」


(言っておくが、俺はもう一度死にたいわけじゃないぞ。それってもう、間接的な殺人じゃないか。神としていいのかそれで)


「転生地点に偶然モンスターが現れたのは私のせいじゃありませーん」


(クソッ、どこが偶然だよ!)


「ふふん。バレなければよかろう、なのでーす」


 自称女神はいつの間にか口調が元に戻っていた。よほど自信があるのだろう。

 男の予想とはまるで逆だが。


(悪いことは言わない。バカなマネは止めておけ。それに、その原始人って他の神たちが何万年も封印してたんだろ? お前じゃあるまいし、単に忘れてただけってことはないはずだ。絶対何か理由がある。これ以上フラグを立てるんじゃない!)


「バカって言うほうがバカなんでーす。アナタたち日本人こそ馬鹿の一つ覚えみたいにフラグフラグって、何かの宗教なの? バカじゃない?」


 一理も二理もあるものだから男は何も言い返せなかった。男は良くも悪くもレスバに虚無感を覚えるタイプなのだ。


 男が反論しないことに満足したのか、自称女神は改めてモバイルを操作し始める。


「ふふーん。封印がなかなか厳重だけど、所詮は過去の遺物ね。手間がかかるだけでどうってことないわね」


 ただの廃棄品に厳重に封印をかける意味とは?

 自称女神は次々とフラグを立てていることに全く気が付いていない。


「よし! これが最後の封印ね。老害のせいで手間かけさせやがって……えっ、何?」


 ビービーと警告音が鳴り響いた。部屋全体も赤く点滅しているので男の予想は外れてはいないだろう。


(だから言っただろう。さあ、今からでも遅くない。ていうか今ならまだ間に合うはずだ。上司に報告しろ)


「誰が人間如きに従うもんですか! 処分してしまえはこっちの勝ちよ! ポイント設定! 肉体を転送! 転送空間で魂を融合! 人間界に出現させれば終りよ!」


(お前……)


「ふふ。よくも言いたい放題言ってくれたわね。もう会うことはないでしょうけど、元気でね? 短い人生だと思うけど。あ、原始人生だったかしら。どうでもいいけど。じゃ、さよーならー」


 自称女神は最後の操作をした。

 同時に男の魂が自称女神の前から消える。


(てめーっ! ぜってーゆる


 さねーからなーっ! なっ! どっ、ドラゴン!? うわーっ!!!!」


 男の視点からすると自称女神の姿が掻き消えたと思った瞬間、目の前に現れたのは巨大なドラゴンの姿だった。とっさにでも判別できる威容である。

 そして男が驚く間もなく、ドラゴンは大きく口を開け、真っ赤な炎を吐き出す。考察している余裕は男にはないが、いわゆるドラゴンブレスだ。


 男は逃げる余裕などない。とっさに腕で顔を庇うことができたのが褒められるレベルである。

 男は炎に包まれた。


「うあっちいいいいいい……いい? ん? 熱くない? 一瞬で灰になって熱さも感じる暇もなかった? それとも転生失敗して、まだヒトダマ状態?」


 一度死んで魂状態になった経験からか、絶体絶命なのはわかっているのに苦痛がないことで落ち着きを取り戻した男。

 恐怖でギュッと瞑っていた目をゆっくりと開けるように意識してみる。

 自分の腕が見える。近すぎてよくは見えないが交差している隙間から赤い光が見える。間違いなく肉体は存在しているようだ。


「なら、何で焼け死なない? ていうか、しゃべれるな。炎っていうか、風も感じる……」


 ドラゴンブレスはそこまで長い時間ではなかったようで、男が目を開けてからすぐに止んだ。


 男は、やはり恐る恐る腕を解き、どうなっているか確かめる。目の前にドラゴンがいるのは放置だ。


「浅黒い? 青黒いのか? これって焼け焦げじゃなくって地肌だよな? なんかゴツイし。これがこの世界の原始人か?」


 その後は身体全体も触って確かめる。社畜時代とは真逆のゴリゴリのマッチョスタイルだった。これには気をよくしたが、顔と頭、股間を触った時は現実逃避したくなる感触を覚えた。


 男は現実逃避代わりに目の前のドラゴンと改めて向き合うことにした。どちらも逃げられない現実なら順番がある。


「……でけーな。20メートルくらいか?」


 そのドラゴンは『暗黒龍』とでも呼びたくなるような、漆黒の鱗と翼を持つ、いわゆる西洋風ドラゴンだった。太い後ろ足で直立している。前腕も明らかに人間の胴体より太い。口はブレスを吐き終わったからか閉じ気味だが、並んでいる牙が見るからに恐ろしげだ。


 こうまでじっくり観察できているのは、男の精神が麻痺しているだけではなく、当のドラゴンがドラゴンブレスの後一切動かないからである。



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