転生させられて……編
第1話 社畜から人魂へクラスチェンヂ?
過日、日本にて。
不景気に慣らされてしまった世の中。いっそ世界恐慌でも起こっていたほうが這い上がるチャンスがあったのではと考える向きもあるようだが、特権階級がそうはさせじと情報コントロールだけは巧みになっていく。
そんな中、物価は上がるのに収入は下がる一方の社畜がいた。
「はあ……今日も残業か。役職手当もスズメの涙だってのに、役職付きは残業代なしってどんな罰ゲームだよ……」
日本のどこでも聞かれる愚痴である。
そして、どこでも見られる、かもしれない光景にシフトした。
「……さて、終電間に合うかな……うっ、息が……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(……ここは……どこだ? 俺は……確か、帰ろうとして……え? ひ、人魂?)
周りを見渡すと、青白く薄っすらと光る塊がゆらゆらと漂っていた。それも無数に。
それは日本人の誰もが想像する『ヒトダマ』そのものだった。
(ここは墓場か? え? 手がない!? まさか俺もヒトダマ!?)
そう。男は現代日本のどこにでもいるような、『辞められない、止まらない』を地で行く典型的な社畜だった。連勤に次ぐ連勤でついに心臓のほうが先に止まったという、これもどこにでもある悲劇でしかない。
しかし、死んだはずが何故か意識があるという不思議な事態に陥っている。
「はい、ちゅーもーく!」
突然声が聞こえてきた。おそらく若い女性のものだろう。
男自身は、たぶん周りのヒトダマとおなじく肉体がなく、目も耳も口もないはずで、事実他のヒトダマたちは声を発していない。ただただ宙を漂っているだけである。
(それなのに目は見えてるし、音も聞こえてるな。話せないのが不思議なくらいだ……)
一応女性の声をする方に意識を向けてみると、確かに女性が立っているのが見える。予想通り若い見た目で、長い金髪のシンプルなスーツ姿の女性だった。ただ、上下とも真っ白なスーツというのは日本のオフィスでは滅多に見られないだろう。芸能関係だろうか? 残念なのは全体的にぼんやりと光を纏っている感じで顔がハッキリと判別できないことだ。最近近眼が進んだ上に老眼も出てきたようなのでヒトダマになってもそこは変わらないのか。コンタクトレンズがほしい。
そんな暢気に考えていた男は、金髪女性の次の言葉によって現実を叩きつけられた。
「えー、皆さんはご想像通りお亡くなりになられました」
ヒトダマたちは声を上げられない代わりなのか、その場でプルプルし始めた。おそらく男もそうなのだろう。きっと心の中では大騒ぎである。
「はいはい、お静かに。ここで騒いでも無駄ですよ。もう死んじゃってるんですから」
女性は、まるでヒトダマたちの声が聞こえているかのように、そして気遣いもなかった。
プルプルが一層激しくなる。
(言い方ってものがあるだろうが!)
「言葉を飾っても現実は変わりませんし、私の仕事も変わりません」
まるで、というか、おそらく男の心の声に答えたのだろう。男はぐうの音も出なかった。
そして、また誰か他のヒトダマの心の声に反応したように女性は話を続ける。
「はい、その通りです。皆さんにはこれから転生してもらいます。天国? そんな都合のいいところ、ホントにあるなら私が行きたいくらいです。あ、ここも天国と言えば天国ですけど、神かその眷属しか住めませんので、悪しからず。住みたければがんばって神になってください。は? 私は神に決まってるでしょ? 見たらわかるじゃない。はいはい。信じなくても結構です。別に『信じる者は救われる』って私が言ったワケじゃないですから」
どうやら女性は神サマらしい。
随分サバサバした性格のようだが。
「脱線しちゃいましたね。話を戻しますが、皆さんには転生してもらいます。でも、今ここにいるヒトたちは特別な転生です。そう、ご存知、異世界転生ですよー」
自称女神のこの発言で、ヒトダマたちのプルプル具合が一瞬止まった、気がした。
(異世界転生って……あれか、魔法とか冒険者とか、漫画やアニメで出てくるヤツ)
「そのとーり、でーす。魔法もありますし、魔物でもモンスターでも好きに呼んでいいですよ? もちろんドラゴンもちゃんといますよー。魔王? いますよー。でも倒せってワケじゃないので安心してくださいねー。勇者? 自己責任でどーぞー」
(想像通りだが、結局何のために転生するんだ? 結構大人数だし、騒ぎにならないか? 魔女狩りみたいなのは御免だぞ。それとも百年ごとに少しずつとか、どっかで聞いたような設定にするのか?)
「えー、皆さんにしてほしいことは特にありません。ほんの少し文明を進められればいいかな、ぐらいです。無理せず新しい人生を送ってください。どうせ物足りなくなって勝手に知識を広めてくれるでしょうから。設定とかではありませんが、代々の担当者も似たようなコトしてたみたいで、概ね好評だったそうですよー。だから、転生者であることがバレても『悪魔憑き』とか『魔女狩り』みたいに社会的に忌避されるワケではありませんよー。ただし、悪いヒトはどこにでもいますからねー。あまり派手にやると目を付けられますよー? そこら辺は自己責任でお願いしますねー? 法的に転生者や転移者を保護してる国も多いですから、いざとなったら駆け込むのもおススメですよー。ちょっとブラックな公務員だと思えばそこまで悲観することでもないですしー。斯く言う私も似たようなモノですしー」
(冗談に聞こえないのが恐ろしいな、神の世界も。それはともかく、いくら周知されてるからって、転生者の比率は限りなく低そうだし、バレたら腫れ物扱いか搾取対象間違いなしだろう。かといって、こそこそ隠れて暮らすのも癪だし、やっぱり転生はナシだな)
「決定事項ですー。拒否は却下ですー。でも安心してくださーい。勇者レベルとまではいきませんが、ちょっとだけサービスしちゃいまーす。チート? ですからー、ちょっとだけですってば。まあ死ぬ気でがんばれば? 勇者レベルになるかも? って感じの才能を与えるので、知識と合わせればかなり有利だと思いますよー。うんうん。そうです。レベルが上がりやすかったり、魔法やスキルを覚えやすかったり。そんな感じです」
男は納得できなかったが、周りのヒトダマのプルプルの感じからして、大部分は転生に意欲的になっているようだった。
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