転生者は見た目が大事!? ~クロスの場合

樹洞歌

プロローグ

プロローグ

「我はオーガでも魔王でもない。転生者である」


「「「「ハァ!? なんだってぇーっ!?」」」」 


 ここはメイラシア大陸西部・ナテリア王国東辺境伯領領境城塞都市サエゼリアである。

 今、城壁を守る兵士たちが恐怖と困惑に包まれていた。



 ◇◇◇◇



 少しだけ時は遡る。

 城塞都市サエゼリアの南西には熱帯森林が広がっている。いわゆるジャングルだ。その北には大山脈が南北に連なり、裾野は植生は違うもののジャングルに負けず劣らずの深い森となっている。どちらも水源や資源の宝庫であるが開拓はほぼ不可能とされてきた。

 何故なら、そこはモンスターの宝庫でもあるからだ。

 大々的な開拓はモンスターたちを刺激し、度々近隣の国々を滅ぼしたという歴史がある。人類は細々と資源を利用するしかなかった。


 その城塞都市サエゼリアはその名の通り頑丈な城壁で囲われている。その東西南北に門があるが、東門は特に警戒が厳重である。通行者の99%は果敢に大森林或いはジャングルに一攫千金を求める者たち、いわゆる冒険者であり、その通行手続きはハッキリ言って緩い。では何が厳重なのかといえば、目と鼻の先にある森そのものに対してだ。いつモンスターが襲ってきてもおかしくない立地なのだから。

 城壁の上には昼夜を問わず兵士が巡回している。目線は常に森側である。

 その兵士がふと森の上方に目を向けた。


「……おい、何か飛んで来てないか?」


「ん? 大ガラスか?」


 話しかけられた同僚の兵士もきちんと森に目を向けていたようで、すぐに森の上空を飛ぶ物体に気付いたようだ。

 同僚兵士が口にした『大ガラス』とは大森林の浅いところを縄張りにしている、1メートルほどの飛行系モンスターであり、よほど大きな群れにならなければさほど脅威ではない、この辺ではよく見かけるモンスターだ。そのためか同僚兵士に緊張はない。


「……いや、シルエットがよく見えないぐらい遠い。大ガラスはあんなに高く飛ばないだろう」


「じゃ、なんだよ? デスコンドルか? まさかグリフォンじゃないだろな?」


 軽く構えていた同僚兵士がだんだん慌てだし、思いつくまま飛行系モンスターの名前を挙げる。


「バカな! 速過ぎる! でかいぞ!」


「まさか、ワイバーンか! ヤバイぞ!」


 二人が注視している僅かな時間に、飛行物体は見る見るうちに接近し、それがかなりの巨体であることがわかる。


「ドラゴンだーっ! ドラゴンが接近しているぞーっ!」


 城壁警備の兵士は二人だけではない。叫んだのは別の兵士だった。おそらく人より視力がいいのだろう。


 ドラゴン。この世界で最強の生物として知られている。

 同僚兵士が口にした『ワイバーン』も広義にはドラゴンの仲間といえなくもないが、脅威度は段違いだ。

 非常警戒の鐘が鳴らされた。すでに誰の目にも飛行物体がドラゴンだと判別できるほど近づいている。

 東門は閉じられた。幸いといっていいのか、時刻は昼前であり、出入りする人間は少なかったので混乱も少なかったようだ。逆に城壁の内側は大混乱だ。建物の中に閉じこもるのはまだいいほうで、多くの人間は森と逆側の西門から脱出しようとして集まっている。

 兵士たちには非常呼集がかけられた。マニュアルに従い、滅多に使用されることのない対空兵器も投入されようとしている。


 城壁の上に集められた兵士たちは悲壮な表情である。できれば逃げ出したい。だが都市を守る使命がある。


「頼むから、どっか行ってくれ……」


 兵士の一人がポツリと零した。おそらくここにいる兵士たち全員が同じ気持ちだろう。

 このドラゴンはただ飛んでいるだけ。飛ぶのに厭きたらきっと巣に帰るだろう。


 そんな期待は、ドシンという音とともに砕け散った。


 あろうことか、と言うべきか、ドラゴンは東門の正面に降り立ったのだ。100メートルと離れていない近距離に。

 グルルという唸り声も聞こえてくる。その声は嫌でも『ドラゴンの吐息はすべてを焼き尽くす』という子供でも知っている伝説を思い起こさせる。


「う、撃てーっ!」


 恐怖に耐え切れなくなった兵士の一人が叫んだ。腕を伸ばし手のひらをドラゴンに向けている。火の玉が放たれた。


 兵士も人の子。そこからは雪崩打ったようにドラゴンへの攻撃が為された。その場に上官もいたのだが、的確な指示はできないでいた。

 弓矢による攻撃、各種魔法による攻撃、何とか間に合ったバリスタによる攻撃。中には槍や剣を投擲する兵士もいた。


 攻撃は兵士の力が尽きるまで続けられた。

 上官の指示もないまま、次第に攻撃が少なくなり、ついに矢も尽きた。


「や、やったか?」


 主に魔法攻撃の影響だが、ドラゴンのいた辺りは土煙、そして水蒸気に覆われていた。人間の軍勢であれば大戦果間違いなしだったろう。


 だが、土煙が晴れるとそこには……ドラゴンは健在だった。


「うわーっ! もっ、もうダメだーっ!」


 都市を守るという矜持も、流石にあれだけの攻撃を受けても無傷のドラゴンの前ではポッキリと折れてしまったようだ。

 恐怖は伝染する。

 兵士たちは我先に逃げ出そうとした。


「『沈静カーム』」


 パニックに陥った兵士たちには聞こえていなかっただろうが、ドラゴンのいるところから魔法が兵士に向けて放たれた。


 それは攻撃魔法ではなかったようで、効果範囲にいた兵士たちは皆正気になる。ドラゴンの目の前で心が落ち着くという現象が本当に正気かどうかはさておいてだが。


「あ、あれ? どうなってんだ、俺……」


「お、おい。ドラゴンが近づいてくるぞ」


「あ、ああ。だが、もうどうしようもないだろ……」


 強制的に心を落ち着かされた兵士たちは、逃げることもせず、ある兵士が描写したとおりゆっくりと近づいてくる巨大なドラゴンから目が離せなかった。


「落ち着け。こちらに攻撃の意思はない」


 ドラゴンが正に目の前まで近づいて立ち止まった後、そんな声が兵士たちの耳にハッキリと聞こえた。


「は? ドラゴンがしゃべった!?」


「ドラゴンではない。ここだ」


 城壁の高さは飛行系以外のモンスターが飛び越えられないように10メートル以上あるが、二本足で立っているドラゴンはそれ以上で頭部が城壁を越えている。

 そのドラゴンはいつの間にか前足を突き出しており、誰かがその腕に乗っていた。

 声をかけたのはその人物のようだ。


「いつの間に……人か?」


 襲来したドラゴンは体色が黒っぽく、腕に乗っている人物も黒系統の服装であったので声をかけられるまで誰も気が付かなかったようだ。


「ひ、人じゃない! オーガだ!」


 改めて兵士たちがその人物に目を向けると、人でないことがわかり、再びパニックに陥りかけた。だが、沈静の魔法の効果はまだ続いている。


「バカな! オーガがしゃべるわけがない! 魔人だ!」


「魔人? まさか魔王!」


 魔人とは、メイラシア大陸とは交流のない、南の大陸に住むとされている存在である。そこは魔王が支配していて、世界征服を企んでいるなどとまことしやかに囁かれている。


 オーガに似た風貌の人物は、威厳あるスタイルとドラゴンを従えていることから魔王を連想させるらしい。


「我はオーガでも、魔人でも、魔王でもない」


 謎の人物は、兵士たちがあれこれ想像を働かせた予想を否定した。


 では何者だ? そんな空気が東門城壁を支配した。

 謎の人物は、少しタメ気味に言葉を続けた。


「我は『転生者』である。入国の手続きを頼む」


「「「「……ハァッ???」」」」


 謎の『転生者』の発言からしばし後、兵士たちは揃って疑問の声を上げたのだった。

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