?日目:鈴の音

 数年後の春。

青年が一人、とある墓石の前に立っていた。

「……久しぶり、リン

そう言って、持っていたピンク色のガーベラを立てる。

うっとうしかった黒い髪を短く切り、服は、きっちりとしたスーツを着ていた。

そんな見た目の青年――晴はガーベラを立て終えると、淡々と独り、話し始める。


「……墓参り、本当はもっと早く来てやりたかったんだけどさ、就職とか勉強とかその辺がゴタゴタしてて……仕事慣れてから来ようってことにしたら、遅くなった」


「俺、昔から機械作業とかが得意でさ、父さんの知り合いの知り合いが機械系の会社やってるらしくて、色々勉強してようやく就職できたんだ。中卒って部分は正直コネでなんとかなったとこあるし、最初はやっぱりあんま印象良くなかったけどさ、今はうまくやってるよ」


「あぁ、そうだ。まずこれ言わなきゃだよな。鈴が一番気にしてそうだし。……あの後さ、帰ったら母さんと父さんと、兄さんともちゃんと向き合ったよ。久しぶりに母さんに怒られた。もう何年振りだったかな。父さんや兄さんも昔のこと……気づけなかったことずっと気にしてくれてたみたいで、珍しく泣いててさ。さすがに驚いたな、あれは……俺が思ってた以上に皆心配してくれてたらしい……いや、俺が見ようとしなかっただけで、皆ずっと心配してくれてたんだよな。それで家族とちゃんと話し合ったんだ。昔のことも、鈴のことも。あんな現実味のない話、正直信じてもらえると思ってなかったけど、ちゃんと話したら信じてもらえた。今度会わせろってさ。特に兄さんが張り切っちゃって。いつか連れてくるよ」


「あと花なんだけどさ。正直何持ってくればいいのかわからなくて、多分墓に持ってくるなら違う花の方が良かったんだろうけど、前に鈴と行ったとこの花屋でこの花見たら鈴のこと思い出したからこれにした。花言葉とかも教えてもらったけど、こっぱずかしいから内緒な」


「あぁ、それと――」

今の自分のこと、世間話、ときには笑い話や愚痴など色々話した。

二十分程して話すこともなくなって、少しの沈黙が流れる。

「……じゃあ、そろそろ行くな。また来るから」

そう言って立ち上がり、踵を返して墓を後にしようとする。


――――そんな時、チリン、と鈴の音が聞こえた。


ハッと勢いよく振り返るが、そこにはピンク色のガーベラが立てられ、綺麗に手入れされている墓があるのみだった。

しかしなぜか暖かい、自分を見守ってくれているような感じがして、笑みがこぼれる。

風が吹く。お墓の背後にあった満開の桜の木が揺れ、花びらがパラパラと空を舞う。


――――チリンとまた、鈴が鳴る。


鈴の音を聞いた。小さくて優しい、暖かい音だった。

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鈴の音を聞いた 月未 露埜 @Tukimi27

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