7日目:帰路
夢を見た。おそらく最後になるだろう夢。
自分は桜の木の下にいて、咲き誇った桜を見ていた。
自分以外は誰もいない。しかし孤独を感じないし、なんだか暖かい。夢のはずなのに。
桜の木の枝に、2つの鈴がついているのが見えた。
桜の木が風に
――――チリン チリン と。
目を覚ます。時間を見ると8時50分の表示が見える。母親が仕事に行く少し前だ。
昨日酷く疲れていたにしては早く起きてしまった。
グッと起き上がる。全身が痛い。完全に体が悲鳴をあげているのがわかる。
ベッド方を見て丸くなって眠っているリンを確認すると、ホッと安堵した。
ふと階段を上がる音が徐々に大きくなるのが聞こえた。
すぐ後にコンコンとノックの音が聞こえ、「仕事、行ってくるね」と元気のない母親の声が聞こえる。母親はそう言うとすぐに階段を下って行った。
部屋の前から離れたことを確認してから、ゆっくりと動いて扉を背に座り込む。
「……いってらっしゃい」と、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
ふとリンがゆっくりと起き上がる。
リンが眠そうに「おはよう、ハル」と言うので、フッと笑みをこぼす。
「おはよう、リン」
意識がハッキリしてきたのか、伸びをして目をパッチリ開け、晴を見る。
「ハル? なんでそんなところいるの?」
「いや、なんでもない……なぁ、リン。――家族のとこ、帰ろうか」
晴は微笑みながら、寂しそうな表情で言う。
リンは晴の言葉の意味を理解すると目を輝かせ、頬が赤みがかる。明らかに嬉しそうだ。
「ホント?! お母さんたちに会えるの?!」
「あぁ。ちゃんと連れてってやる」
更に瞳を輝かせてやったやった、と喜ぶ。まるで散歩を待ちわびた犬のようだ。
尻尾があれば千切れてしまう勢いだろう。そんなリンを見て再度微笑み、立ち上がる。
「だからほら、準備するぞ」
***
二日ぶりの北風町。
家を出る時から繋いできたリンの手を離さないようギュッと握り、前に聞き込みの時に教えてもらった柊崎家があったという場所へ向かう。
その間リンは手を繋げたことが嬉しいのか晴の手をしっかりと握って楽しそうに話している。
――お母さんに会ったら抱きしめてもらうのだ。お父さんや弟に晴のことを紹介して、みんなでお茶を飲んだり、遊んだりしたいのだと……。
晴はそんなリンの話に軽く相槌を打つ。
隣で嬉しそうなリンを見ては寂しそうに微笑み、それに気づいたリンは満面の笑みを返す。
そんなことをしながら歩いていると、目的の場所である柊崎家があった空き地に着いた。
そこから左に曲がり、少し歩くと見えてきた白い石塀で囲まれた場所へと入っていく。
リンは不思議そうに晴の名前を呼ぶが、晴は返事をせず、リンのことも見ずに、ゆっくりどんどん奥へと進んでいく。
一際(ひときわ)目立つ大きな石――――墓石の前で止まる。墓石には〈柊崎家〉という文字。
「……着いたぞ」
そう言う晴だが、リンは呆気にとられた表情をして、何も話さない。
「……柊崎家。この町で有名だった資産家の家だ。父親の
その瞬間、リンが自分の手を握る力が抜ける。
きちんと掴んでいるはずなのに感触がないような感覚に、晴がリンの手を一層強く握る。
「……今までずっと気になってたんだ。迷子になっても両親は迎えに来ない。警察の捜索願だって出されない……誰もリンのことを見ないし、聞かない」
リンは何も言わずに墓石を眺めながら晴の話を聞いていた。
「それもそうだ――お前は、もう死んでる。正確には殺されてるんだ。十年前の、あの強盗事件で。だから俺以外、誰もリンのことが見えてないし、声も聞こえてない」
まだ子供のリンに酷な真実を伝えていることは重々承知だ。自分だって言いたくて言っているわけではない。言わなくていいなら言いたくなんてない。
でも言わなければいけない。
恐らくリンが家族に会うには、――これ以上迷わない為には必要な事なのだ。
「……そっか」
ふとリンが墓石を見つめながら呟く。
よく見るとリンの首元に、大きな手の形をした痣のようなものが浮かび上がっていた。
「……ハル。わたしね、おもいだしたよ」
ポツポツと小さな声で呟く。先程までの元気な声とは裏腹に、絞りだしたような声だ。
「……おへやで寝てたらね、おおきな音がしたの。それでお母さんたちのところに行ったら、お母さんもお父さんも真っ赤で、それから、しらない男の人にくるまに乗せられて……すごく怖くて、たくさん泣いたの。そしたら、うるさいって、苦しくなってきて、それで……」
落ち着いたように話すが、手も声も震えていた。
リンの手を握る力が強くなる。温もりを感じていたはずの手は、冷たくなってしまった。
「そっか……もうわたし、死んじゃってるんだ……もう、お母さんにギュッてしてもらえないんだ……お父さんともあそべないんだ……おとうとに、会いたかったな……ッ」
消えそうな声で言う。横からでは表情は伺えないが、頬に涙が流れるのがわかった。
その瞬間。墓石の方から白いような、何か暖かい光に包まれる。
光が直接目にあたり、反射的に目を瞑る。
目をうっすらと開けると、目の前に綺麗な白い髪の女性と、青い目をした男性が立っていた。
いや、正確には立っているかはわからない。なぜなら足先にかけて透明になっていて、全体的に薄く、男女を通して後ろの景色がすり抜けて見えていたからだ。
「お母さん……! お父さん!」
リンの手が晴の手をすり抜け、リンは現れた二人へと飛び込むように走り出す。
二人もリンを受け止め、強く強く抱きしめる。
『鈴……会いたかったわ……よかった……よかった』
『鈴。おかえり。怖い思いをさせたな……守れなくて、悪かった』
「お母さん! お父さん! 会いたかった……ずっと、会いたかったよ……!!」
三人で強く抱きしめ合い、涙を流している。
母親と父親の声は脳内に直接伝わってくるような不思議な感覚で、目の前の全員が人間でないのだと感じるには充分だった。
『さぁ、今度こそ、みんなで行きましょう』
母親がそういうと、光に包まれた三人が足から徐々に光とともに消えていくのがわかった。
『――――ハル!』
母親たちと同じように脳内にリンの声が響く。
リンを見ると、リンもこちらの方を見て笑っていた。
『ハル、ありがとう!』
涙を流しながら、今までで一番の笑顔を見せる。
――――チリン
鈴の音が聞こえた。今まで以上に、耳に響く、小さいのに心を揺らす音。
その瞬間、全てが光と共に空へ消えていった。
残ったのは、何もなかったかのように佇んでいる柊崎家の墓と、自分のみだった。
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