6日目:迷子
それから少ししたら落ち着いてきたのでリンを寝かせた。
リンは大丈夫かと心配していたが、大丈夫だと押し切った。
一人でパソコンの作業をしていた方が家族についても考えなくて済むだろうし、なによりなんだか恥ずかしかったのだ。いい歳にもなって幼女の前で泣いてしまうなんて。
リンには今日はパソコンの修理に専念したいから部屋で大人しくしているよう言ってある。
「これはここで……あれは……ここか、それでこれをこうすれば……できた……!」
腕を上にあげて伸びをして、修理が終わったパソコンの電源を入れる。
問題なく電源もつくし、データも無事だ。操作に問題はない。インターネットにもちゃんと繋がっている。久しぶりに操作できるパソコンとの再会に浸るが、いやいやと我に返る。
15時。時間はまだある。
ネットにうまく引っかかれば、やっとリンを家族の元に帰すことができる。
今日中にリンを帰せれば万々歳。遅くても明日には帰せるはずだ。
そう意気込んでいた晴だが、パソコンから手を離し、考え込む。
『――――リンと出会ったのはもう五日前か。これまで色々な情報があったな……』
この五日間を思い返す。
とはいえ、実際に情報を得たのは四日目からだ。あの日、リンと出会った公園で北風町のことを聞いた。情報は曖昧ではあったが『くきさき』の情報や北風町で昔あった事件のことを知ったのはこの日だった。
五日目にその北風町に行った。やりたくはなかったが、ちゃんと聞き込みもした。
そこで、『柊崎』という名前の町で有名な資産家がいたことなどを聞いた。
しかし現在その家はなかった。既に空き地だったのだ。
そして、柊崎家は『十年前の強盗事件で亡くなっている』という。
苗字が同じとはいえ、柊崎の家がリンの家だという確信はない。
仮にその家がリンの家であるとすれば不可解なことが多いし、矛盾だって出てくる。
しかしなぜか無関係に思えない。だからこそ今更パソコンを直したのだ。
晴はパソコンに手を伸ばす。
一瞬躊躇したように手を止めるが、再びキーボードに触れる。
『北風町』と『柊崎』を入力して検索。
いつもなら素早く動くマウスポインターの動きが妙に遅い。
パソコンに問題はないが、晴の中で何かが躊躇しているように感じる。
画面に表示された検索結果から、とあるネット記事が目に入った。
《××県北風町での一家強盗殺人事件 ××歳男性を――――》
***
パソコンの電源を切る。
ネット記事を見ただけだと言うのに妙に疲れが押し寄せてくる。疲れた。
今日は外にも出ていないし、運動もしていない。リンとも家族とも会話をしていないのに、ここ最近で一番疲れた気がする。それ程までに気が張っていたのだろう。
でも、これでリンを家族の元に帰してやれる。
時間は16時。今から行くと外出したことがバレてしまいそうだが……最後くらいはいいか。
晴がグッと伸びをする。無意識に力が入っていたのか、少し楽になった。
「……リン、悪い。待たせたな。今から家にかえ――」
晴がそう言いながらリンがいるだろうベッドの方を見るが、リンの姿はなかった。
スーッと晴の体温が下がってくるのがわかる。冷や汗が垂れる。
いや、落ち着け。前にもこんなことがあった。
いつの間にか起きて、暇になったから部屋を出たのだろう。もしかしたらやっと食欲が出たのかもしれない。トイレとか……もしかしたら家の中を見て周っているのかもしれない。
晴は自分を落ち着かせようと頭を急速に回す。
冷静に考えようとする頭とは裏腹に、身体は焦ったように部屋を飛び出した。
階段を下り、リビング、風呂、トイレ、他にも両親の部屋や兄の部屋。
いない。どこにもいない。
玄関の扉を勢いよく開け、飛び出す。
服も髪もそのまま、格好や周りの目なんて気にせず、リンの名前を呼びながら捜す。
ふと、先程見たネット記事を思い出し、足を止める。
……確信はないが、可能性はある。そう考え、止めた足を再度動かし、来た道を戻る。
周りからは異様な目で見られているし、長く全力で走っているので疲れているはずだ。
それでも晴はどちらにも気付かず無心で走る。
リンと初めて会った桜杜山の麓の公園に着き、足を止めて息を整える。
過呼吸のような呼吸の荒さだが、気にせず公園の中へ入っていく。
公園にリンの姿がないことを確認し、公園の奥の傍らにある山の中へと続く道を見る。
荒い呼吸は直らないが、まだマシになった呼吸をしながら、ゆっくりと慎重に進んで行く。
少しかすれた声でリンの名前を呼びながら山を上がっていった。
――――チリン
鈴の音が聞こえた。自分を導く、小さな音。音が鳴る方へ走り出す。見失わないように。
かすれた声を無理矢理使ってリンの名前を呼ぶ。
山の中、特別広いわけではないが、開けた場所にでる。
そこには夢の中で何度も見た、あの綺麗な『桜の木』があった。
町などにある他の桜の木は枯れているのに、なぜか圧巻するくらい咲き誇っている桜の木。
瞬間、花びらが霧のように視界を奪っていく。強い風が吹き、反射的に目を瞑る。
風が落ち着き目を開くと、花びらは小雨のように弱く舞っていた。
桜の木の下。リンが桜の木を見上げている姿が見える。
「――――リン!!」
ここ最近で一番の大きな声をあげる。その声にリンが我に返ったように晴の方を見る。
晴はもう動かないと悲鳴をあげる足を無理矢理動かした。
走り出そうと考え動き出すが、案の定足が思い通り動かず、その場で転んでしまった。
無我夢中で起き上がろうともがくが、立つことができず、その場に座り込んでしまう。
自分の筋力のなさを痛感する。当たり前だ。つい最近までひきこもりだったのだから体力も筋力も衰えている。それに今までこんなに無心で長時間走ったことなんてない。
全く動かない自分の足に少しイラつきを覚えた。
目の前が影で暗くなる。上を向くとリンが駆け寄ってきていて、隣に座り込んだ。
「ハル、だいじょうぶ……?」
コテンと首を傾げるいつも通りのリンを見て、安堵で力が抜ける。
今すぐにでも倒れこみそうな勢いだ。
「……はぁ、勝手に出るなって言っただろ」
「え、あれ、なんでわたし、ここにいるんだろ……そういえばここどこ?」
リンは周りを不思議そうにキョロキョロと見る。本当に覚えがないらしい。
「なんでここにいるのかわからないけど、ハルとの約束やぶっちゃった……ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る。しょんぼりという言葉が見えるくらい反省した表情だ。
そんなリンにフッと笑みがこぼれる。力つきた腕をあげ、リンの頭の上に落とすように置く。左右に優しく、ゆっくりとリンの頭を撫でる。
驚いたようにこちらを見るリンに微笑む。
「いいよ……リンが無事でよかった」
当分頭を撫で続け、休んで動くようになった足を使ってゆっくりと立ち上がる。
「……今日は帰ろう、リン」
未だに座り込んでいるリンに向かって手をのばす。
手のひらを上にむけ、まるでお姫様の手をとるかのように。
リンは「うん!」と笑顔で手を取り、立ち上がる。
暖かいはずのない手が、なぜか暖かく感じる。
ふと後ろをチラッと見ると、桜の木には――――一つの花も咲いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます