第六章 闇
第45話 最終話 ヒロシのスケッチブック
第六章 闇
第45話 最終話 ヒロシのスケッチブック
『オンラインゲーム星夜連続殺人事件』はすっかり解決し、その功績を認められ、十月の定期異動で警部に昇進することが内定したにも拘らず、山岡の心は全く晴れなかった。
山田ヒロシ…… 事件の主犯は高田ケンタロウで間違いは無いが、その筋書きを書いたのはヒロシの方だろうと、山岡警部補は考えているのだ。
そのヒロシはやはり、殺人の方は証拠不十分で処分保留となった。
動物虐待と同級生脅迫の罪で児童相談所に送られただけで、悪魔の心を持った少年は事実上野放しである。しかし、少年法の壁がある以上、警察としてはこれ以上何もできない。
山岡の心配は、ヒロシをこのままにしておけば、近い将来、また別の事件を起すだろうと云う悪い予感だ。
彼の左目の醜い傷が、ヒロシをさらに凶悪な悪魔へ成長させる可能性すら否定できない。
山岡は、担当事件の仕事の合間を縫いながら、ヒロシの心の闇に少しでも迫ろうと考えていた。
押収物件倉庫には、山田ヒロシの所有物がまだ多数残っている。
所有者に返還するまでには、後三ヶ月間の猶予がある。
事件が解決して一ヶ月が過ぎようとする今、このヒロシの物件を研究しに来る者は、東京家庭裁判所の山田ヒロシ担当予定の桂木調査官と、東京警視庁の山岡警部補位のものである。
二〇二三年改正後の「少年法」によっても、十二歳未満の少年の行為は刑事事件とならず、法律上は罪にならない。
刑事事件に相当する罪を犯したとしても、その少年少女は単なる「触法少年」である。
しかしながら、事件がセンセーショナルなものだっただけに、法律の壁はあるがその範囲内で、できるだけ関係各所が連携すると云う約束事が出来ていたのだ。
山田ヒロシが一時保護所入所中、東京都の中央児童相談所に当る、東京都児童相談センター所長の大久保と、東京家庭裁判所長官の湯浅と、東京警視庁刑事部捜査一課長梨本の間で話し合いが持たれた。
この時点で、中央児童相談所で一ヶ月間様子を見た上で、児童相談所長から家庭裁判所へ、山田ヒロシ少年を送致することが事実上決定し、その調査官には桂木が内定した。
そして、東京家裁の桂木調査官と、警視庁刑事部捜査一課の山岡警部補が協力することになったのだ。
「山岡さん、私には、あの事件の主犯が高田ケンタロウなのか、山田ヒロシなのかは未だに確信が持てませんが、山田ヒロシが二宮タケルを殺そうと考えていたことは、ほぼ間違いないような気がして来ました。
家裁の調査官である私が、少年との面接前に予断を持ってはならないと思うのですが……」
(中背細身で物静かだが、芯の太そうな男だ)山岡は改めて、桂木を見てそう思った。
「桂木さんなら、事前にこれらの品物を調査しても、面接時には公平に山田ヒロシを見ることができるでしょうぜ」
自分より一回りも下の三三歳の調査官を、山岡は既に十分信頼していた。
警察よりも、裁判所の人間の方が、はったりとか面子とかを考えず、率直な人柄の者が多いようだとも山岡は考えていたが、隣の芝生が青く見える様に、それはこの桂木一人を見て受けた印象だった。
全体の森を見れば、警察も裁判所も大きく変わる所は無い筈だが、そういうことは世の中にままあるものである。
「だと良いのですが」
「それは大丈夫ですよ、人の悪いこの私が、無条件であんたのことを請合います」
「山岡さんのどこが人が悪いのか、ちょっとわかりませんが」
少し笑ってから、桂木は言葉を継いだ。
「これについてどう思います?」
桂木の手許にあるものは、ヒロシのスケッチブックだった。
かなり薄い紙でできたそれは、クロッキーを描く為のものでページ数も相当ある。
大きさはB2サイズで、カレンダーやポスターで良く使われるサイズである。
数年に渡って使っているものの様だ。
桂木の手による付箋がたくさんある。桂木はその一つを押さえて、その頁を開いた。
上半分に少女の顔が精密に画かれ、その下には……
「これは黒川アンナですね。彼の絵は実に丁寧で、百科事典の挿絵のようですな」
「その下の絵は、人体解剖図を参考にしたものでしょうね……」
「そうですな。ヒロシは自分でアンナを斬ったのではないから、実物を観察して描ける筈がありませんから」
黒川アンナの正面の顔の下には、その顔をタテに真っ二つにしたものの断面を、左右両面から画いたものがあった。
''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''' 了 '''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''
黒い美学 千葉の古猫 @brainwalker
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