第44話 ケンタロウの黙秘、黒川の告白

第44話 ケンタロウの黙秘、黒川の告白


 梨本の方は、高い鼻に指先を着けて考える。

「なるほどな、そうなると、その特殊な暗示プログラムが無ければ、タケルは非常に危険な状況だった訳だな」


「彼は文字通り危機一髪だったでしょうね……

 高田ケンタロウが、山田ヒロシのことになると、頑として口を割らないものですから、その特殊暗示プログラムが何を目的としたものか、誰の意思によるものか……」

 坂井は手帳を指で叩きながら、口ごもった。


「お前はどう考えているんだ?」


「ヒロシの要求に対して、ケンタロウはヒロシに内緒で、特殊暗示プログラムを同時に含む、サブリミナル効果プログラムを渡したのではないかと思います。

 それを知らずに、ヒロシは映画ディスクを改造してタケルに手渡した……」


「ふうん」梨本は眉間にシワを寄せ、両腕を組んだ。


「ケンタロウは自分に協力してくれたヒロシを、殺人者にはしたくなかったのかも知れませんね」

 坂井はそう言って、警視正の反応を見る。


 それっきり、また梨本は天井を見詰める。やがて梨本はマッサージのスイッチを切り、シートを坂井に向けた。


「昨日の捜査会議で、お前が言った例の『第三の人』だが、山岡警部補の睨んだ通り、あれは十歳の少年二ノ宮タケルだった。

 黒川アンナを殺す役目は、初めからヒロシでも良かった様に思えるが、もしヒロシを選べば、さらに大量殺人を起しかねないとケンタロウは考えた……」


「ああ。そうかも知れませんねぇ」

 坂井は、警視正が自分と同じ考えを持っていることがわかり、満足した。


「もう一つ、これも良くわからないんだが…… タケルのゲームソフトに、あの光線剣プログラムを組み込んだのは誰だ? またそれはどういう方法だった?」


「タケルとヒロシは、以前にも『一般回線ダイレクトモード』で、時々対戦していたようですから、その時リモートで書き換えたんでしょう。

 専用オンラインサーバーの安全性はしっかりしていたようですが、あのゲームのダイレクトモードの方は、元々繋いだ二つのコンピュータの、情報のやりとりを行うことで成り立っています。

 ですから、ゲーム以外の個人情報のブロック対策については、ある程度考慮されているとしても、お互いのゲームソフトのプログラム、特にオプション部分の書き換えは、マニアレベルなら自由自在だったようで、バグの塊と言っても良い位でしょう」


「なるほどな。そういうことか」


 坂井は、また自説を述べることにした。

「あのオフ会の後で、ケンタロウはアンナに殺された九人の内、五人を含む多数のD512メンバーに対して『一般回線ダイレクトモード』で対戦を申し込んでいたようです。

 被害者達はその時、同じ手口で、光線剣に反応するプログラムを送り込まれたのでしょう。

 そして残りの四人の方は、ヒロシが対戦を申し込んで改造プログラムを送り込んだ。そう私は見ているんですが」


「ううん、もしその裏付けが取れたとしても、山田ヒロシを大量殺人の共犯で立件するのは難しそうだな……少年法の壁もある」


 この時点で梨本は、後日の処分保留を予測していたことになる。

 険しい表情を緩め、梨本はまた質問を投げ掛ける。

「ヒロシとケンタロウは、どこで知り合って、どうしてお互いを信用するようになったんだろうな?」


「ケンタロウが黒川アンナと知り合った、オフライン版の『星夜の誓』のテーマチャットでしょうね」

 自信たっぷりに、坂井は答えた。


「すると、一年ちょっと前から知り合ってる可能性もあるな」


「そうですね」


「だとすると、黒川の愛犬ジョンをばらばらにしたのも、ヒロシかも知れないな」

 梨本はそう言って、苦い顔をした。


「ああ。ジョンの死体は確か、七つに分解された状態で見つかったんですよね。そして尻尾だけが無かった……」


 手帳を捲りながら答えた坂井は、中身を読み返した訳ではなかった。

 なるべく客観的になりたかったのだ。少年の心の闇に正面から向き合えば、外の少年を見る目まで変わりそうで怖かった。


「ヒロシがケンタロウに、人の脅迫の仕方を指南した可能性もあるんじゃないかな。どうやらヒロシというヤツは、小さい頃から生き物を解剖するのが大好きだったようだ。

 それを怖れる大人たちを見て、人の心を操る方法を覚えた……」

 梨本は鼻先の指を見詰め、若干両目が寄っていた。


 坂井は、梨本に少年の心の解明を任せたくなり、ただ相槌を打った。

「そうなんでしょうかねぇ」


「まあケンタロウがヒロシのことについては完全黙秘、ヒロシに至っては一からの完黙だっていうから、この先二人が何か話してくれれば良いが、落とせないようだと、この肝心な部分は解明できないな。

 ヒロシが主犯である可能性も十分ありそうなんだが、結局あの悪魔は野放しになるのかな……山岡も歯噛みする思いだろう」


(山岡警部補……あの人の方が確かに気持ちが悪いだろう。

 直にあの山田ヒロシを見て来た訳だし、これからも見て行きたいとあの人は言っていた……)坂井は思った。

(ヒロシに比べれば、自分の担当するケンタロウの方が、ずっとわかりやすいし、同情できる……同じ殺人でも、動機の点においてステージが違うのだろうか?……)


「それはそうと、黒川新一郎が奇跡的に回復したそうじゃないか」

 梨本が話題を変えて来た。


 坂井は少しほっとする。

「早耳ですね。その情報は、今日のお昼のものですよ」


「俺は優秀な警視正だからな」


「広田巡査部長の話では、回復した黒川は、しみじみと過去を語ったとのことでした」


 黒川新一郎は、ジョディ夫人の献身的な看病で、どうにか意識を取り戻した。

 手を握り、声を掛けると云う行為は、単純だが目を見張る効果を上げたのだ。


「黒川には、隠された過去があるようだな」

 梨本がまた鼻に手をやる。


 坂井は声を少しひそめた。

「ええ。あの噂は本当だったようです」




 黒川新一郎は意識を回復し、病状も急速に安定した。その彼がジョディ夫人に打ち明けたいことがあると言い出した。

 見舞いと事件解決の報告に来ていた広田が席を外そうとすると、ジョディはそのままでいいわと目で合図した。

 ジョディが簡単に広田の功績を紹介すると、新一郎も彼の同席を了解した。


 ニューヨークで、天才脳外科医と呼ばれて活躍していた頃の話だと前置きして、黒川新一郎は静かに語り始めた。

「…………私は死刑囚とは云え、生きたままヒトの脳を移植したことを、今深く後悔している。

 若かった私は、その申し出を受けた時、自分の脳外科医技術でどこまでできるのかと、ワクワクしてそれを引き受けた。

 しかし、やはりそれは、神を冒涜する行為と言われても仕方が無いだろう。その後の私は、どういう訳か手先が震え、難度の低い脳外科手術を失敗したことがある。それからはメスを握っていない」


 やはりあの噂は本当だったのだ。


 黒川は、トミーの脳移植についても語った。

「…………サルとは云え、豊かな感情を持ち、人とコミュニケーションできるトミーは、最早人間とみるべきだったんだな……

 私はトミーの家族の気持ちなど、考えてみたことも無かったが、アンナが殺されたことで、やっとソフィア女史の心の痛みがわかるようになった。

 その彼女の痛みが伝わって、高田ケンタロウの犯行に繋がったのだとしたら、アンナは私が殺したようなものだ…… 

 今更遅いのだが、あの若い時分に、技術と名声に溺れることなく、人の心までケアできる、本物の医師になりたかった…… 

 ああ アンナ……」


 黒川の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。ジョディ夫人は、黙って彼の手を取り、背中をさすってやる。


 広田は、一気に老け込んで見えていたジョディが、今は生き生きと輝き、若さを取り戻していることに気がついた。

 彼女に支えられて、黒川新一郎は、きっと立ち直るに違いない。

 現役に復帰できないまでも、ゴッドハンドとまで言われた、彼の技術と医療知識は、きっと今でも後進の指導に役立つことだろう。


 広田は、この事件の中で初めてあたたかい気持ちになって、その病室を後にした。

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