第43話 タケルの話、ヒロシの確保
第43話 タケルの話、ヒロシの確保
午後六時頃、山岡班は持ち場に着いた。
午後六時十分頃、家族が帰宅すると間も無く、二宮家は大騒ぎになった。
タケルが死んでいると言う叫び声が聞こえ、澤田達は家屋に飛び込んだ。
幸いなことに、タケルは気絶していただけだった。介抱すると、タケルはじきに正気を取り戻した。
安心した家族の了解を得て、澤田はすぐさま事情聴取に入る。
タケルの話を聴いて、事態を飲み込んだ澤田は、山田ヒロシ宅を張り込んでいる山岡に連絡した。
山岡達は午後六時二五分、直ちに山田宅に入り、山田ヒロシを確保した。
その時ヒロシは、自分で左目を治療中だった。外傷が無いのに、痛みがひどく目が見えないと言う。
山岡が、
「タケル君が全て話したよ」と言うと、ヒロシは力無く
「そうですか」と答え観念した。
山岡は、ヒロシを治療の為、警察病院に送致し、そこで事情聴取に入った。
ヒロシは、終始一貫して供述を拒否したが、タケルの証言でほぼ事件は解明された。
実は目を覚ました時のタケルは、始めの内は何も話そうとしなかった……
二組の村井シンジと山野辺イチローが、可愛がっていた飼い猫を殺されて、尚も誰かに脅迫されていることを澤田が告げ、
「それが山田ヒロシの仕業ではないかと思っている」と話すと、
「全てを話します」と言って、タケルはやっと心を決めた。
こうして迅速な動きができたことで、ヒロシを無事に確保できたのである。
捜査本部の会議の間も、ヒロシを見張っていた澤田は、剣道場の選抜試合の間はヒロシは動かないと見て、一時タケルの張り込みに切り替えていたのだ。
タケルは、近所の公園まで飼い犬を連れて散歩に出た。
暫くすると、奥の植え込みの茂みで、なにやら土いじりをしているのを澤田はそっと観察していた。
タケルが去った後で、そこを調査すると、何とネコの死体が二匹も出て来たではないか。三毛猫とクロネコだった。三毛は右前足が切り取られ、クロネコは尻尾を切断されていた。
澤田はそれを発見した時、この後も引き続き、タケルの方を見張るべきなのかと少し迷った。
それでもやや落ち着いて考えてみると、観察結果からは、タケルの飼い犬がここを見つけ、タケルがそれを掘り返し、表面が見えて来た所で穴掘りを中止した……そう見るべきことに気が付いた。
また五日の午後、山田ヒロシが立ち寄った付近には、三組の村井シンジと山野辺イチローの家があり、六日の二回目の事情聴取で、あれほどシンジ達が怯えていたこと、二人の飼い猫が三日からずっと行方不明であることなどがフラッシュバックした。
(あの二人の飼い猫は、確か三毛猫のミーコと、クロネコのレオではなかったか?)
ずっと張り込みを続けていて、捜査本部会議で報告された、黒川家の『愛犬ジョン殺害事件』を知らない筈の、その澤田の胸中でも、一部を切り取られたネコを見るに付け、それらの材料が一つに繋がって行った。
(ヒロシが、シンジとイチローを脅迫していた?)
一旦そう思えば、澤田には全てが符合する様に見えた。
高田ケンタロウを確保した坂井・西田班は、家宅捜索の結果、サブリミナル効果を利用した『星夜の誓ムーヴィ』を押収する事ができた。
『デス』も数個見つかり、『光線剣』改造プログラムディスクも、ケンタロウの自供で回収できた。
ケンタロウ自身は、逮捕されることを予期していたようで、抵抗らしきものは殆ど見られなかった。
取調べの結果、主犯としての犯行を自供し、むしろほっとした様子を見せた位だ。
その彼が唯一自供を拒んだことが、山田ヒロシとの関係だったのである。
この結果後日、山田ヒロシは、動物虐待と同級生脅迫の罪で児童相談所に送られ、一時保護所へ入所させられたが、ほんの一週間足らずで出所した。
そして殺人関連については、証拠不十分で処分保留となった。
恐らくヒロシはこの先、家庭裁判所へ送致されることになるだろうが、調査官の面接を受けるだけで、その身は完全に自由である。
しかし彼の左目だけは、醜く変形して失明した。
医師の見解では、外傷も無く、内部の視神経が損傷している訳でも無いので、本人の大脳が、左目で見ることを拒否しているとしか思えないとのことであった。
唯一の救いは、ヒロシとタケルの真剣勝負がフェアに行われたことだった。
ヒロシがタケルの剣でまともに斬られれば、ヒロシも十分に死ぬ可能性が高かった筈だ。
それだけ剣に自信があったのか、あるいは彼の言う「黒い美学」(これは本人の供述ではなく、タケルの証言によるが)がそうさせたのかは、ヒロシ本人のみが知ることだろう。
七月八日午後……
東京警視庁捜査第一課小会議室で、梨本警視正は久し振りに、お気に入りのリクライニングシートでマッサージを楽しんでいる。
傍らには坂井警部が、デスクに半ケツを掛けていた。
その坂井を見上げながら、梨本は問い掛けた。
「二宮タケルは、どうして助かったのだろう?」
坂井は自慢の手帳を取り出し、ページをぱらぱらと捲る。
「あ。ここです」と言って、坂井は説明を始めた。
「二宮君が観た映画ディスクを分析した所、擬似神経過敏症へ誘導する暗示プログラムとは別に、特殊な暗示プログラムがサブリミナル効果を利用して織り込まれていたようです」
(その手帳に全て書いてあるのか?)と云う顔で、梨本は斜め上方の坂井を見やる。
「特殊な暗示プログラム?」
「まだ解析途中なので詳細はわかりませんが、山田ヒロシに斬られた二宮君は、一時致命的受傷信号を知覚して、信号連鎖増幅を起こし掛けましたが、信号連鎖増幅が発生すると同時に、大脳がその知覚を断つ防御姿勢を取った様です。
専門家の話によると、寧ろその様な暗示の方が、自己保存本能に合致する為に受け入れ易いようです。
催眠誘導において難しいのは、当人が嫌がる行動をさせることだそうです。
例えば、誰かを傷付ける暗示を受け入れさせる為には、そうしないと逆に、その相手から自分が殺されると信じる様な暗示を、繰り返し与えなければならない。
人前で服を脱いで裸になる様な、恥ずかしい行動をさせる為には、自分自身が自信満々のヌードダンサーだと信じさせる暗示を掛けるなど、当人が進んで行動を起すように仕向けなければなりません。
これとは逆に、元々当人の利益に合致する行動は、単純な暗示でも受け入れ易いと云うことです」
坂井は手帳を閉じて、すらすらと答えた。彼にとって手帳とは、考えるリズムを作り出す道具のようだ。
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