第21話

 師匠が固まって、時間を無駄にしたくない私は現実逃避的な意味も兼ね、魔法具の実験を続けていた。


「……王太子妃殿下」

「やめてください!」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。いきなり師匠がそんな事を口にした為、速攻止めた。


「時間の問題なのに……」

「でも、まだ王太子妃ではありません!」


 師匠にそう呼ばれるなんて、むずがゆい事この上ない。というか、全てにおいて展開が早すぎるのだ。まだしばらく心の準備というものが欲しい。


「……殿下が嫉妬するだろうなと思いながらも、入り浸るのを許しているんだよ? まぁ、イルから魔法を取り上げるなんて事、殿下がするわけないと思うけれど」

「魔法だけは駄目です! 私の生きる源です!」


 少し考えて師匠が放った言葉に、私は叫んだ。私から魔法だけは奪わないで欲しい!

 嫉妬してそう……だけれど、それでも師匠の元へ通わせてくれるならば、もうそれで良いとさえ思え……いやいや。落ち着け私。

 もう婚姻しているような状態だとでも言いたいのだろう。私が猫の姿であったとしても。

 ……むしろ同衾して、一緒にお風呂まで入った貴族令嬢なんて、他に嫁ぐ事は出来ないだろう。一線を越えていなくても。それが例え猫の姿であっても!

 なかった事を証明するのは、なかなかに難しい。


「……あれ? 王太子殿下は、どれだけ嫉妬しようとも、私から魔法は奪わないのですか?」

「絶対と言って良い程、取り上げる事はないね。むしろもっと自由に研究できる状況を整えると言っても過言ではないよ」


 ハッキリと断言する師匠に、思わず首を傾げた。

 確かに王太子殿下が私の行動に制限をかけるなんて想像もつかないし、私のやる事には協力的になるだろうと想像つくところも、どうかと思うけれど。むしろそこまでされる理由も好かれている事も分からないのだけれど。

 それでも、そこまで言い切る程の何があるのかと。

 ジッと師匠を見れば、師匠は少し息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。


「イルの魔法具を買い占めてる人が居たんだよ。完全なるイルのファンだね」

「私のファン?」


 そんな事は初めて聞いた。

 私の魔法具は性能や耐久性を考えても、他より良く出来ている為、売上が良いとは聞いていたけれど……ファンとは?買占めとは?

 頭の中が疑問符で埋め尽くされ、更なる答えを師匠に求めようとした所、盛大なノックの音が響いた。


「イル! 早く仕事を終わらせて迎えに来たよ!」


 ノックをするようになっただけ良いと言えよう。

 そして、私が脱走してから、凄まじいスピードで終えたのだろう。一瞬、時計に視線をやってから、私は小さくため息を吐いた。


「紹介するよ、君のファンだよ」

「へ?」

「ん? ……あぁ」


 私の溜息をスルーして、師匠は扉を開けて王太子殿下を招き入れると共に言った。

 その言葉は私の脳に浸透する事なく、なかなかに理解しにくいものだった。だけれど、王太子殿下は直ぐに理解できたのか、気を取り直したように私の元へとやってきた。


「俺はイルが作る魔法具のファンでな」

「まさかの魔法具目的!?」

「なんでそうなる!?」


 私の魔法具にファンが居たという上に、相手が王太子殿下ならば信じられない一択である。むしろ何処で何があったら、そうなるのかと問いたい。

 魔法具が目的だと思った方が、建設的な考えだと思う。驚いた顔をして、即座に否定されたが。


「……イルの作った魔法具は、使い手の事を考えており、とても温かく思えるんだ」

「……確かに生活用具や防具の類しか作っていませんが……」


 少しでも楽で平穏な暮らしが出来ればと思っただけだ。たかが灯り、されど灯り。明るさだけでなく耐久も必要で、そしてそれは日々の暮らしを灯すものだ。灯り1つとて、とても大事なもので……。


「僕は、イルが作った素晴らしい魔法具の数々に、とても惚れ込んだんだよ」

「なるほど。魔法具に惚れたと」

「……盛大な勘違いをしていそうだね……」


 王太子殿下の言葉に、深く頷き納得していれば、師匠が頭を片手で抱えて溜息をついた。

 いや、でも私というより、私の作った魔法具に惚れたと言われた方が、余程理解出来るのよ。やはり魔法具は生活に必須だし。


「魔法具を卸しているならば平民だろう、ならば、すぐ調べられると思っていたら全く分からず……」

「ん?」

「どこかの貴族令嬢かもしれないと、調べながらも思っていて、その尻尾を掴めるのを待っていたんだ」

「んんん??」


 どれだけ調べていたのだろう。むしろいつから調べていたのだと、私の口から呟くように出ていたらしく、師匠は「もちろん、私と出会った辺りからかな」なんて言った。

 ……え?それもうどれくらい前の話?執念?執着?どっちにしろ、これ怖い話だっけ!?

 確かに私の情報は、簡単に掴む事が出来なかっただろう事は分かる。平民としての身元はないし、でも行動は平民と同じ。挙句、貴族籍なんて名前があるだけと言って良い位だったわけだし。


「そして! やっと! 賢者の部屋に居る君を見て、この娘か! と思って調べて見つけたんだよ! イル!」


 花咲くような笑顔で言われても、嬉しいというか軽く怖い。

 やっと執念が実ったと、そんな良い顔で言われても……いや、この王太子殿下は確かにどこか変だ。例えば猫に対してとか。


「やっと会えたんだ……」


 とんでもない執着だ。怖い、怖すぎる……けれど、嫌という気持ちはない。

 むしろ、今まで存在しているかどうかも分からない扱われ方だった。それに、私としても裏表がありすぎる為、人が嫌いだった。

 ……だけれど王太子殿下は私に対する気持ちが真っすぐで、裏表もない。


 ――嬉しい。


 心のどこかで、そう思うのか、くすぐったく感じる。まぁ、こういう感情の向けられ方に全く慣れていないと言うので、今すぐにでも全力で逃げ出したい思いもあるのだけれど。恥ずかしすぎて。


「……ショーン殿下……」

「イル!」


 精一杯の勇気を出して、名前を呼べば、嬉しそうな声が返ってきた。流石に面と向かっては恥ずかしくて言えないから、顔を背けているけれど、声のトーンで王太子殿下の機嫌が分かるくらいには一緒に居るのだ。


「イル~~!!」

「きゃあ!」


 そっぽ向いていれば、いつの間にか王太子殿下の腕に抱きしめられていた。

 いや、だから今は人間だから!人間だから~~!と思って、思わず恥ずかしさから逃げる為に猫へと変化するも、王太子殿下は変わらず私を抱き留めたままだ。

 ……まだ、こちらの方が心臓への負担は少ない。

 そう思って大人しくしていれば、師匠の笑い声が聞こえた。


「君達二人ならうまくいくと思ったんだよね~。兄の策略も阻んでくれそうだったし」

「は?」


 そんな言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。


「イルの熱狂的なファンである殿下は、裏表なく実直。兄のターゲットだけれど、そんなのはイルの護衛能力を考えれば微々たるもの。……まぁ、呪いは想定外だったけれど」

「あぁ、イルと出会わせてくれたのなら感謝しかないな」


 師匠の言葉に、王太子殿下は素直に喜んだ。……今までの嫉妬はどこへやら、だ。というか……。


「え? 仕組まれて……?」

「仕組むだなんて人聞きが悪い。丁度良く当てはまっていただけだよ」


 最高級の笑顔で師匠はそう言った。

 ……え?じゃあ師匠としては私と王太子殿下がこうなる事まで予測済みだったと?

 ただでさえ大きい猫の瞳を、更に大きくして、瞳孔も開ききっている状態で師匠を見ていれば、一緒にお風呂と呪いは予想外だったけれど。と、視線を反らしてポツリと呟いた。

 てことは、それ以外は想定内だったわけで!

 上手く手のひらで転がされていた!?


「師匠~~!!??」

「まぁ、幸せそうだし良いんじゃないかな! 幸せになるんだよ!」

「幸せにすると決まっているだろう」


 反抗心的に叫べば、嬉し恥ずかしい言葉が返ってきた。

 どうして良いのか分からず、私は猫のまま王太子殿下の胸へと顔を埋める……きっと、幸せになれるのだろうな、と思いながら。

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【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される かずき りり @kuruhari

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