第43話 幸福な者だから出来ること⑤
『今回のことで、レッドシールド家はポルダー王国の経済を掌握した。レッドシールド家を追い出せば、ポルダーはすぐに滅びる。
差別感情が利益だけで解消されることはないが、少なくともポルダーもエングランドも、レッドシールド家を見放すことはできないだろう』
『……わからないよ』
私は檻の柵をぎゅっと握りしめた。
自国にいるレッドシールド家を追い出すならまだしも、他国を侵略してまで太陽信仰者を殺さないといけない理由がわからない。自国の威信をかけて殺し合わなくてはいけない理由も。
私がそう言うと、『理由なんてないんだ』とダイチくんが言った。
『大前提としてアイツらは、太陽信仰者も魔族も、自国で障がいを持つ者や他国の国民ですら、自分たちと同じ心を持つ者だとは思っていない。
家畜や虫以下なんだ。どんな扱いをしてもいいと思っている』
お前には理解できないだろう。
ダイチくんは目を伏せた。
『もう既にメンシュ国は、太陽信仰者や魔族などの「人間とてみなしていない」「ヒトとして劣った、利益をもたらさない」存在を人体実験にしている』
その言葉に、私は息を飲んだ。
人体実験をするしないじゃ、科学技術の進展は全く違う。
そこに、『自分たちとは違う存在だから、何をしてもいいのだ』『自分たちに利益をもたらさないから、好きなようにしていいのだ』という考えが合わさったなら。
そう考えた時、ぞわり、とした恐怖が襲ってきた。
『だからフェナさんに、何も教えなかったの?』
フェナさんが「子どもが出来ない」と勘違いしていたのは、ダイチくんにとって幸運だったのだ。だから教えなかった。
だってダイチくんは、フェナさんと離婚することを、最初から視野に入れていた。自分は捕まることを念頭に入れていたから。
ダイチくんは、それ以上何も言わなかった。
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「私ね、あのお店、畳もうと思う」
私の言葉に、ユリアが真っ直ぐ私を見た。
今までのことを話した。私が、『光の聖女』と呼ばれた女性の菌を保有して、他者を支配することが出来ること。それが公に明かされて、少々厄介なことになっていること。
同時に、私が『光の聖女』として認められたこと。それを使ってしてみたいことがあると、私は言った。
「まあ、元『聖女』なんだけどね。単に、私が勇者パーティにいたってことを認めてもらうだけなんだけど」
私がそう言うと、ユリアが、「そうですか」と告げる。
「じゃあ、私、貰ってもいいですか。あの店」
その言葉に、私は目を瞬かせる。
「……受け入れてくれるの? こんな唐突なこと、」
そう言うと、ユリアは珍しく、くすりと笑った。
「陛下とお会いした時、言ったはずですよ。『いずれ独立したい』って。
それから、こうも言いました。『師匠には、心から愛する人と結婚して欲しい』って」
よかったですね、とユリアが言う。
「ずっと願っていました。師匠がいたい場所にいれることを」
本当に、よかったです。
まるで祈るように、ユリアはそう言う。
それがなぜか、胸が詰まるほど美しく見えた。
「……なんで泣くんですか、師匠」
ユリアが私を、困った子どもを愛おしむような顔で見た。
だって、と嗚咽まみれに続ける。
「ユリアがすごく優しいから~!」
「いつも優しいですけど、私」
「そうじゃなくて~!」
ずっと思っていたことだった。
どうして皆、こんなに私に優しくしてくれるんだろう。
この世界は、私が想像できないほどずっと残酷なことで溢れてて、私の考える理屈が通用するヒトたちばかりではないことはわかっている。
それなのに、私の周りのヒトたちはこんなにも私に優しいから、希望を捨てられない。
――だからこんな、周囲のヒトたちに負担をかけるような綺麗事ばかりを言っている。
優しいヒトたちを傷つけることになるから、言えなかった。
こんなに優しくしてもらって、申し訳ない、なんて。
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