第41話 幸福な者だから出来ること③
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪
『まだ、私に話してないことあるよね』
檻の向こうに座るダイチくんに、私は尋ねた。
『まだ君の目的を聞いていない。
どうしてこんなことをしでかしたのか』
『……だから、それはお前をエングランドに引き渡す予定で』
『違う』
私はキッパリと言った。
『本当に私をエングランドに引き渡すなら、もっとこっそりやればよかったんだよ』
最初から、変だとは思っていた。
ダイチくんが先頭を切ってやるなら、目的は魔族の地位向上と国家転覆だと思っていた。
だけど、だったら私とは関係の無いことをすれば良かったのだ。
私と一緒に研究した酵母を使ったら、遅かれ早かれ私がやって来ることはわかるはず。
――だからお父さんとアルトゥールくんは、酵母はそもそも私を引っ張り出すための囮にすぎない、と判断した。魔族の強硬派を取り込み、反王家主義と手を組み、私をエングランドとレッドシールド家に売り込んで、自分は影の魔王として君臨するつもりだと。
でも、それも違う。だって、ダイチくんはただ、私を王都まで呼び出せばいい。
そこまで考えて気づいた。ダイチくんの本当の目的は、魔族の地位向上でも、国家転覆でも、支配者になることでもない。
『……悪役になるため?』
私の言葉に、ダイチくんは答えなかった。
それが答えだった。
『私たちの旅には、悪役がいなかったもんね。私たちの物語は、しまらなかった。
だから人間と魔族の共存宣言を果たしたアルトゥールくんでも、発言権がない。大衆に、魔王を倒した勇者と見なされないから』
私は、勇者であるにも関わらず、アルトゥールくんの隊にほとんど権限がないことを思い出す。
勇者の旅。――元々は、魔王を倒すためのもの。
平和を目指す私たちは、それを放棄した。だから、いまいち国民の心に届かない。
多くの場合、そのヒトが何を考えているより、属性やステータスを見る。
私は聖女として。アルトゥールくんは勇者として。
だけど、ただの称号ではいけない。大衆は、それを裏付けるような、わかりやすく悪役が倒される物語を望んでいる。
その悪役が、ダイチくん。
『これで、お前も少しは動きやすくなるだろうと思ったんだが……どうして気づくかなあ』
ダイチくんが、苦笑いした。
それは私がよく知る、ダイチくんの顔だった。
私は思わず、頬の肉を噛む。
『近々、うちの醸造所を通じて、あちこちの醸造所が酵母を売りに出す。表向きはパン屋への販売だが、裏ではこっそり麻薬取引をしようとするだろうな。
そうしたら、王立学校も変わるだろう。もう少ししたら麻薬によって、多くの子どもがいなくなることになる。その時、子どもを大切にしなければ――麻薬から守らなければ、国が亡びる、と実感するだろうな』
知ってるだろうが、とダイチくんが言った。
『
また、少数の知識人に依存しては途絶えるということで、学校も増えたらしい』
『……病気が社会の構造を変えたように、麻薬も社会の構造を変えるってこと?』
そう思い通りに出来るだろうか。
そう呟いた私に、『そこでお前たちだ』とダイチくんが言った。
『麻薬をばら撒く悪党の俺を、かつての聖女と勇者が正す。
最初、反王家主義はこの事態を隠そうとするだろうが、商家は金儲けに使うために、この話で盛り上がるだろう。
今回の件で商家に金を借りている反王家主義は、商家を捨てることはできない。自らの保身のために、国の改革に手をつけるしかなくなる』
勿論、根本的には自分たちの利益を壊さないようにするだろうが、それはお前たちが指摘すれば崩れる砂上の楼閣だ。
ダイチくんはそう言った。
『この国は、本当の意味で改革に取り組むしかなくなる。
レッドシールド家は魔族とのパイプを欲しがっているから、魔族のための支援は惜しまない。さらに聖女のお前と勇者のアルトゥールがいれば、聖光教会も動き出す』
『いや、私のは非公式……』
そこまで言って、私は理解した。
アルトゥールくんから聞いた。そもそも私に『光の聖女』を名乗らせないこと、王都に入れないことを約束させたのは、聖光教会の要望というよりは、アルトゥールくんの要望を受けた先生によるものだと。
『待って。もしかして』
『ああ。パルシヴァル・ワーグナーは、その気になればお前を「光の聖女」として取り立てることができる』
『先生、そこまで権力持ってたの!?』
私が頭を抱えると、ダイチくんは呆れたように言った。
『お前、十年も一緒にいてわかってなかったのか? あの男は、魔族領に一番被害を与えた僧兵だぞ。聖光教会だけじゃなく、政府にも王家にも発言権がある』
まあ、それだけじゃないんだけどな。
ダイチくんはボソリと呟いた。
『ともかくこれで、お前たちはこの国で一番影響を与えることができる。
正真正銘、「魔王」を倒した勇者と聖女だからな』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます