第40話 幸福な者だから出来ること②

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 ひとまず泣き出したユリアを落ち着かせるため、応接間に移動した。

 静かに背中をさすり続けると、だんだんユリアの涙もなくなっていく。


「落ち着いた?」


 私がそう言うと、はい、とユリアがうなずいた。フードの下は、目元が腫れ、鼻や頬が赤くなっていた。


「大変お騒がせしました……ええと、リュカ様?」

「様って」


 普通にリュカで、と言うと、じゃあリュカさん、とユリアが返す。 


「師匠の、弟子の、ユリアです。よろしくお願いしますね」


 えらく『弟子』を強調してきた。

 どうしたんだろう、ユリア。ここまで弟子を強調することなかったのに。

 けれどリュカは気にせず、「へえ、美人じゃん」と言った。ユリアがものすごく嫌な顔をする。


「それでリュカさんは、どうしてこちらに?」

「ああ、うん。俺、今日からここの世話になるから」


 リュカがそう言うと、ユリアは石像のように固まった。


「……なあ、先生。俺、歓迎されてないんじゃね?」

「あ、あのね、ユリア! ずっとってわけじゃないの、冬の間って事!」


 しまった。やっぱりユリア、男の子と一緒に住むの嫌だったかな。彼女の意志を確認しないまま決定したのは悪かったけど、ここで納得してもらわないといけない。

 けれど、詳しいことを話すと、リュカの傷をえぐる事にもなる。私が勝手に話す訳にはいかなかった。

 どうしよう、と私が考えてた時、リュカが「俺が話すよ」と言った。

 一連の流れをリュカが話し、足りない部分は私が補足する。

 だんだんユリアの表情が変化してきた。


「……そんなわけで、ダイチくんたちは捕まったんだけど、レッドシールド家やエングランドを訴えるわけにはいかなくてね。

 告発者であるミスタ・ハワードとリュカは、これから暗殺者に狙われる可能性があるから、隠れることになったの」


 彼らは大国とレッドシールド家にとっての裏切り者だ。

 なので落ち着くまで、ミスタ・ハワードは王家に、リュカはわたしが保護することになった。そう言うと、「どうして師匠が?」とユリアが聞いてくる。


「暗殺者に狙われるなら、リュカさんを匿う師匠も狙われますよね」

「あー……」

「……師匠が選んだことに反対はしませんが、あまり、危険なことをなさらないでください」


 ユリアはそう言って、黙った。

 そのまま沈黙が続く。

 ……怒られるより、言いたいことを飲み込んで承諾される方がキツイ。

 どうしようか、と悩んでいると、「あのー」と、遠慮がちにゲンくんが顔を出してきた。


「あ、ごめん! 荷物ありがとう!」


 この様子を見ると、私たちが一息つくまで待ってくれてたんだろう。申し訳ない。

 私はゲンくんのもとに駆けつけて、王都で買ったお土産を渡す。


「今日は本当にありがとう。年末だっていうのに。あ、これ紅茶」

「ありがとうございます。……あの」


「耳貸して」とジェスチャーをされ、私はゲンくんの方に耳を貸す。

 小さな声で、ゲンくんが言った。


「ユリアさん、ずっと待っていたんです。朝も昼も晩も。

 また前みたいに倒れてないか、とか、刺されたって聞いた時は本当に食事もとってなくて……」


 そこまで言って、ゲンくんはすみません、と言った。


「差し出がましいことを言いました」

「いやいや、そんな」


 私は手を振って、ソファに座っているユリアの後ろ頭を見る。

 今更ながら、自分がどれだけユリアを不安にさせていたのか実感した。私がユリアの立場だったら、生きた心地がしなかっただろう。


「……予想はついていたのに、言われないとちゃんとわかんないものだね」 

「何か出来ることがあれば、俺、やりますよ。二人で話したいこともあるでしょう?」


 ゲンくんが穏やかに笑った。

 その言葉に、うん、と私は頷く。


「リュカ。ちょっと、ゲンくんと一緒にいてくれない?」

「おー」


 何も聞かず、リュカがソファーから立ち上がる。

「男同士よろしくな」「はい。あ、モクムは初めてですか? 案内しますよ。今年越し祭りですし」という会話が、どんどん遠ざかっていく。

 二人が立ち去ったのを確認して、私はユリアに尋ねた。


「ユリア、どこか行かない?」


 私がそう言うと、ユリアは、はい、と頷いた。










 あてもなく、モクムの街を歩く。

 モクム市役所の前は人があふれていて、王様の言葉を聞こうと準備をしている人たちが多い。

 私たちは、その人の流れに逆らって歩いていた。


「ここですよね」


 師匠が倒れたの。

 ユリアがポツリと言った。

 ユリアに言われて、そういえば、と私は思い出す。

 倒れていた時のことを、私はすっかり忘れていた。正しくは、リリスちゃんが忘れるように呪いを掛けていた。

 ……まあ、本当は私自身の能力っぽいけど。

 師匠、とえんじ色のフードを被ったユリアが尋ねてきた。


「アルトゥール様とは、どうなったのですか?」


 ドキリとした。


「……なんでアルトゥールくん?」

「いえ。なんとなく、何かあったのではないかと思いまして」


 顔つきもずいぶん違いますから、とユリアが言う。


「……まあ、色々と」

「それはよかったです。アルトゥール様も報われますね。

 ついでに、一年前に倒れた理由もお話したらどうですか?」

「待って、どこまで知ってるのユリア!?」


 アルトゥールくんとの関係、リリスちゃん以外は誰にも話していないのに。


「言っておきますが、マーサさんも察していましたよ」

「なんで!?」

「逆に、バレていないと思っていたんですか?」


 呆れたようにユリアが言う。

 私は思わず頬を触った。カイロ替わりに出来るほど熱かった。


「……でも、自信はなかったんです」


 ユリアは、私から顔を背けた。


「師匠から、色気みたいなのはなかったし」

「今日のユリア、私に対してもキレッキレね?」


 やっぱりちょっと怒ってるのかな。

「怒ってないです」と、先回りして否定される。


「それだけ、師匠は嘘をつくのが上手だったってことです。私もマーサさんも、暴くまではいかなかった。

 だから、もし嘘をつかなくて済むようになったなら、私は嬉しいです」


 それだけです、とユリアが言う。

 ……嘘、か。

 私が足を止めると、少し前を歩いていたユリアも止まる。


「ユリア。私、あなたに話さなければならないことがある」


 そう言うと、少しだけユリアの顔が強ばった。

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