第39話 幸福な者だから出来ること①
年越し祭り。
それはその名の通り、歳を越す祭日のこと。特にモクムでは王様が滞在しているので、モクム市役所でパーティーが開かれる。
今日は今年最後の日であり、明日から新年が始まる。
「ここが先生の店?」
屋台で買ったオリーボーレンを頬張りながら、リュカが尋ねる。
「なんでこんな人気がないところに構えたわけ? さっきから全然人が通らないじゃん、ここ」
「こういう秘密基地的な場所が好きだから」
私がそう言うと、うわ、とリュカが顔を顰めた。
「……先生って、こだわり強すぎて損するタイプっしょ」
「よくわかったね」
半地下になった入口を通り、店に繋がるドアを開けた。
今日は年越し祭りだから、店は閉まってると思ったけど、鍵が開いている。
ユリア、大丈夫かな。そんなことを思いながら、店に入った。
「……あ、モルゲンさん。お久しぶりです」
そこにいたのは、ユリアではなく、近所に住むゲンくんだった。
「うお! オーク!?」
リュカがゲンくんに対して指をさす。こら、と私は小さく叱った。
リュカが言う通り、ゲンくんはオーク族だ。
オーク族は、先の戦争、魔族が引き起こした犯罪において、人間領でもっとも被害をもたらした魔族だと言われている。今も魔法使いと並んで恐怖の対象になっている魔族がいたから、リュカも驚いたんだろう。
けれどオーク族の犯罪率は全体的に見ると少数であり、ほとんどのオーク族は、ドワーフ族と同じく温厚なヒトビトが多い。ちなみにゲンくんは家具職人で、うちの店にある家具を何個か作ってくれた。
「どうしたのゲンくん」
「ユリアさんに留守を任されまして……」
そう言って、今度は心配そうに私に尋ねてきた。
「モルゲンさん、大丈夫だったんですか。刺されたと聞いていたんですが……」
うん、と私は笑った。
ゲンくんの言う通り、私はアルトゥールくんを庇って、フェナさんに刺された。けれど、怪我はほとんどなかった。
そう。怪我は。
そうだよなあ、とリュカがしみじみ頷く。
「まさかドレスのコルセットが、ナイフを遮るなんてな……」
本当にね。
「……コルセットですか」
「そう。コルセットが」
まさかのコルセット、防刃ベスト代わりになった。
私が刺されて倒れた姿を見て、皆パニックになっていた。フェナさんは、自分がしでかしたことに泣き叫んだ。
そこに、コルセットで流血を防いだ私。なお最後に映った赤色は、着ていたドレスの色です。
――無事なことを喜ぶはずなのに、コルセットが遮ったとわかった途端、なんとも言えない空気が流れた。刺したとわかって叫んだフェナさんですら、ポカンと口を開けた。
気まずくて、『あのギッチギチに締めるやつ、あんな利点があったんだねー』なんて笑って言うと、アルトゥールくんが、
『そんなこと想定してコルセットしなくていいから!!』
って、血相変えてたなあ。
そんなこんなで、怪我は大したことじゃなかった。痛いっちゃ痛いけど、打撲痕とかその程度だ。
多分、フェナさんが刺そうとした時、そんなに力を込めてなかったのもあるのだと思う。
どちらかと言えば深刻だったのは、その後風邪を引いたこと。薄着のドレスを着ていた上、地下牢に放り投げられたので、そりゃそうなる。幸運なことに、インフルエンザじゃなかったから、すぐに回復した。
どっちにしても、ユリアにはたくさん心配をかけたけど。
「後は事情聴取とか、これからの法律の相談とかに乗ってたら、だいぶ遅くなって。これでも超特急で帰ってきたんだけど」
手がしびれて来たので、ボトン、と荷物を置くと、「あ、持ってきますよ」とゲンくんが申し出てくれた。
「いいよ、自分の荷物だし」
「いえいえ、お疲れでしょう。それに病み上がりなんですから」
「んー……じゃあ、お願いします」
はい、と穏やかな笑顔を浮かべて、ゲンくんは居室である地上階へ向かっていく。
それを見て、はー、とリュカがため息をついた。
「のんきだね、先生。知り合いなんだろうけど、店任せたり、荷物任せたり。王都じゃ考えられねーよ」
「悪いね、のんきで」
王都のヒトからしたら、さぞ警戒心ない対応だろう。
私がそう言うと、「なんか、いいな」とリュカが言った。
「色んな問題があるだろうけど。こういう社会がいい。俺」
リュカがそう言った時。
再び、ドアが開いた。
そこには、紙袋を落としたユリアが立っていた。
「……い、いやっほー。ユリア」
――その後、ユリアに泣かれたのは、言うまでもない。
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