エピローグ

ユリア視点 年越し祭りのモクムにて

 モクムで、オリーボーレンの屋台が出ている。

 オリーボーレンの屋台は十一月から出ているけど、日が経つにつれどんどん増えていった。

 今日は年越し祭りだから、屋台の数はもっと増えている。


「おう、『リヒト』の店員さんか」


 屋台のおじさんが、声を掛けてきた。


「ありがとな、酵母を融通してくれて。おかげでモクムでも屋台出せたわ」

「いえ、こちらこそ」


 おじさんは【黒い森】から来たドワーフ族らしく、背丈は私の半分ぐらい。刻まれた皺に太い眉。厳しそうな顔をしているけれど、その目と声には愛嬌があった。

 差し入れだ、とおじさんが紙袋に入れたオリーボーレンとコロッケを渡してくれた。美味しい。


「しかし、アサのやつが店やってるとはなあ」


 話を聞くと、師匠の昔馴染みらしい。そんな縁もあって、オリーボーレンを作るために必要な酵母を買ってくれたのだ。

 アサはどうしてるんだ? と尋ねられ、私は目を伏せた。


「師匠は、いません」


 おじさんが息を呑む。

 私の態度で悟ったのか、おじさんは「すまないね。聞きづらいことを聞いたか」と言った。私はいいえ、と答えた。


 年越し祭りの前に帰ってくると言った師匠は、いない。





 町外れにある『雑貨店リヒト』。

 酵母に関しては、マーサさん経由で少しずつ理解が広がっていった。

 同時にビール醸造所が、育ていた酵母をパン屋さんに売り始めた。

 小さな雑貨店では、信頼においても大量生産においても太刀打ちできない。要するに、客をとられたわけだ。

 さらに追い打ちをかけるように、来年から醸造所以外で酵母を売り出してはいけない、というお達しが来た。今までは酒に掛けていたが、これから酵母にも税金を掛けていくそうだ。


 これから、私たちの生活はどうなっていくんだろう。

 そんなことを考えても仕方がない。だって、師匠はいないのだから。

 そう思いながら、ドアを開けた。



「あ……」



 私は目を見開く。


「……い、いやっほー。ユリア」


 そこには、黒い髪の師匠が立っていた。

 師匠はぎこちなく、片手を上げて笑う。それがなんだか、師匠らしい。

 ポタ、と紙袋が床に落ちる。


「――師匠!!」


 何か熱いものが混み上がってきて、私は勢いよく師匠に飛びついた。

 師匠はそのまま後ろに倒れ、尻もちをつく。だけど、私は師匠を気遣えるほど余裕はなかった。


「師匠、師匠、師匠~~!!」

「あー、ごめんごめん! 遅くなっちゃったね」


 泣きじゃくる私に、師匠がポンポン、と頭を撫でてくれた。

 師匠の体から体温が伝わる。トクトクと、心臓の音が聞こえる。師匠の匂いがする。

 師匠だ。髪が黒いけど、本物の師匠だ!


「心配したんですよ……! 師匠の研究結果がダイチ様に勝手に使われたって言うし、大国を巻き込んだ事件に巻き込まれてたり、果てには刺されたって……!」

「あー、そっちは大したことはなくて」

「大したことあります!!」


 何馬鹿なことを言ってるの、このヒトは。

 思いっきり胸を突き飛ばして顔を上げた、その時。


「んー、修羅場?」


 座り込む私を、上から人間の男の子が覗き込んでいた。呑気にオリーボーレンを頬張りながら。


「ってか、ダークエルフ? 初めて見たわ。先生の知り合い?」


 ……『先生』?

 ピキ、と何かが私の中でひび割れる。


「リュカ。ダークエルフって言葉は、差別用語だから……」

「あ、そうなの? すまん」


 悪気はないんだ、と言う男の子――リュカ。

 私の体から、ふつふつと怒りと悲しみが混み上がってきた。



「なんですか師匠――!!」

「うわー! ごめんなさい!?」


 師匠が耳元を抑えながら謝罪する。多分私が怒っている理由はわかってない。


「この浮気者!!」私は詰る。


「私というものがありながら、他の子に『先生』って呼ばせるなんて――!!」

「ええ――!?」

「私には何かと理由をつけて、絶対に『先生』って呼ばせなかったじゃないですか!! 私がいない時に弟子をとるなんてあんまりだ――!!」

 

 わーん! と両手で手を抑えて泣くと、先生があからさまにオロオロし始めた。

 それを見て、リュカと呼ばれた男の子は、


「何これ、おもろ」


 と呟いた。

 面白くない!!



 

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