第38話 そして視界は暗転した
アルトゥールくんが大きく踏み込み、下から剣を振る。
ダイチくんは間一髪で後ろに下がるが、すぐにアルトゥールくんがまた踏み込んだ。
重心を後ろに預けていたダイチくんは、そのまま倒れ込む。
アルトゥールくんはそのまま彼を抑え、手固した。カラン、と、レイピアと攻撃を受け流すための短剣が落ちる。
「観念しろ。あなたに打つ手はない」
アルトゥールくんがそう言う。
アルトゥールくんの腕力は高いが、魔族と比べたら格段に劣る。だけど、てこの原理を使ったこの技は、一度決まると魔族でも抜け出せない。
「ちなみに、その剣はどこから?」
私が尋ねると、アルトゥールくんは、途中にあった「『光の聖女』の彫刻が握ってたよ」と答えた。そう言えば、玄関ホールに剣を持った『光の聖女』の彫刻があった。けどその『光の聖女』、決闘でもするんだろうか。
「こういうことだよ、ダイチくん」
唸るダイチくんのもとへ行き、私は言った。
「私は剣を扱うことは出来ないけれど、アルトゥールくんが使える。私には魔法は使えないけど、エレインが使える。そもそも先生やリュカがいなきゃ、ここまでたどり着くこともなかった。
ヒトを支配するってことは、誰にも助けられないってことだよ」
「だから、支配者になることから逃げるのか」
ダイチくんは汗をかきながら、嘲笑するような、感極まったような顔をした。
「お前の力で助けられるものがいても! お前はその者たちを見捨てるのか!」
「どっちにしたって、私じゃ救われないヒトは出てくるんでしょ」
私は言い返す。
「だったら、私は私の納得する道を選ぶよ。
例え流れる血に怯えることになっても、自分の選択に死にたくなるほど後悔しても、私は私に対して責任を取る。私は、聖女じゃない」
私は、聖女じゃない。
今日、何度目かの確認だった。
そうだった。私は、正しいことだけをすることは出来ない。
「私は、学者だよ。
何度間違っても、挑戦せずにはいられない。
私が失敗しても、後のヒトたちが必ず正す」
『勉学に励むことも、親や家に還元することもなく、ただ金と時間だけを食いつぶす存在に、教育や学問を与える必要がありますか』
ミスタ・ハワードの言葉を思い出す。
あの時は余計な事を言わないようにしなきゃ、と思ったけど、言い返してやればよかった。
優秀だとか、劣っているとか関係ない。
全ての子どもたちに教育を受けさせることで、一体誰が一番得をするのか。
その子? 親? 家?
そんな小さな存在じゃない。
一番得をするのは、この世界そのものだ。
私たちがそうして来たように、私より先に生きる子どもたちは、必ず私の間違いを正し、また新たな挑戦に踏み出すのだろう。
私は一人でテーブルにつくより、皆がテーブルにつく社会がいい。
「……そんな悠長なことを言えるのか、お前ら人間は」
私の言葉に、泣きそうな声でダイチくんは言った。
「百年も生きられないお前らが、報われないのは事実だろう……」
……お前らが?
その言葉に、引っかかりを覚えた。
だけど私が尋ねる前に、アルトゥールくんがダイチくんを立たせる。
もうダイチくんは、反抗する力を失っていたようだった。
「外の魔族たちに、降伏するように言え」
アルトゥールくんが、窓際まで連れて行こうとする。
――その、一瞬のことだった。
倒れていたフェナさんが起き上がり、落ちていた短剣を握って、アルトゥールくんに突っ込んで行った。
フェナさんが叫びながら走る。
アルトゥールくんが気づいて、フェナさんを見る。けれど、ダイチくんの拘束を解く訳にはいかない。
私は無我夢中で走った。
フェナさんとアルトゥールくんの間に割り込む。
グサリ、という音がして、私の視界は暗転した。
フェナさんのまとめていた髪が、ゆっくりとほどける。
最後に私が見たのは、赤色だった。
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ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
明日からエピローグです。
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