第37話 不都合な世界がいい

 魔力がないから、アキラ・ヒノモトのようにはできないと思っていた。

 でも、私もアキラ・ヒノモトのように操ることが出来る?

 魔法だと思っていたものは、全部私が引き起こしていたもの?


『旅に困らないように、お前に魔力を渡した』

 ソラの言葉。

『恋愛感情を感じない呪いを掛けたわ。ついでに、認識阻害の魔法もね』

 リリスちゃんの言葉。

 二人の顔が、子どもの落書きのように黒く塗りつぶされていく。

 どうして皆、嘘をつくようなことを言ってたの?

 私は、騙されていたの?

 あの二人は私の事、無力のままであって欲しいって思ってたの?

 頭がガンガンする。胃がグルグルする。



『あなたは、慣れ親しんだ価値を手放しました。

 きっとそこには、戸惑いや苦痛が伴ったことでしょう。それこそが、勇気なのです』



 ふと、『インゲルの旅立ち』の魔法使いのセリフが、蘇った。

 瞼を、強く閉じる。

 力を込めて、私はダイチくんを見据えた。雨の中でも光る炎が、ダイチくんの褐色の肌を白く照らし、窓を伝う雨粒を通して影をくっきり映した。


「……仮にそうだったとして、あなたが全部本当のことを言っているとは思えない」

「ほう?」

「あなたがパーティーでした演説は、まるで『光の聖女』を作り出すために、私が作られたみたいだった。

 なんで、あんな言い方したの?」


 確かにお母さんは、私に『光の聖女』のマイクロバイオームを移植させた。だけど、前魔王に命じられたわけでも、前魔王のように軍事利用しようと思ったわけじゃない。

 皆が嘘をついていたとしても、それだけは真実だと、私は確信がある。


「『光の聖女』を軍事利用したいのは、あなたもじゃないの?」


 私がそう尋ねると、ダイチくんは少し間を置いた。


「……ヒトが知らないことを知ることは、孤独なものだな」


 ダイチくんが、目を閉じる。


「知識のあるものと、知識のないものでは、会話すらできない。それは、お前も実感しただろ」

「……そうだね」


 下水道処理も、衛生管理も、予防接種も。

『光の聖女』と名乗って、いくら知識を伝えても、人々は今までの生活を変えようとは思わなかった。

 結局、聖光教会の力を借りなければ、何一つ動かなかった。ただの雑貨店の店主じゃ、パン屋さんに納得してもらうことも出来ない。

 私は、自分が天才だと思ったことは無い。

 、せめて勉学だけは身につけたかった。出来ないことはどうしたって出来ないから、自分に出来ることを磨いて、皆と対等になりたかった。

 属性やステータスじゃなくて、私がどんなヒトなのか、皆に知って欲しかった。相手がどんなことを考えているのか、私も知りたかった。


『やっぱり、アサちゃんは頭がいいわね。お母さまが天才だもんね』

『俺たちのこと、バカにしてるんだろ!』


 そうして掛けられた他者の言葉に、私は酷く打ちのめされた。

 ……多くの場合、そのヒトが何を考えているより、属性やステータスを見る。

 それがわかりやすいからだ。

 男だからこう、女だからこう。人間だからこう、魔族だからこう。

 頭がいいか、悪いか。魔力があるか、ないか。能力があるか、ないか。

 ヒトの思考や気持ちは複雑で、こうだと思っても違うと言われ、絶対的な正解がない問題はいらいらして時間ばかりが過ぎていく。

 ヒトは、難しいことは、そんなに考えたくないのだ。



「大衆とはそういうものだ」ダイチくんは言う。


「自分にとって不都合なことを言う者は『嘘つき』と呼び、いざ自らの身に降りかかると『どうして助けてくれなかったのか』と言う。

 人間領でいくら説明しても、ほとんどのものは受け入れられなかった。――軍事利用以外はな」


 赤ちゃんのつくり方を知らなかった、フェナさんを思い出す。

 知識のないものに、無学である恐怖はわからない。

 教育を施されていないものに、教育の重要さはわからない。

 学問を知らないものに、学問の意義はわからない。


 全部知らなければ、自分には関係がないと思っているから。

 そしてヒトは、自分には関係がないと思うものには、どこまでも冷酷で、残酷だ。

 勉強をしないということは、自分とは違う他者への興味を捨てるということに他ならない。



「だから、私に大衆を操れと?」

「それしか、この世界は変わらない」

「それこそ思考停止でしょ!?」


 私は叩きつけるように踏み鳴らす。

 今度はこちらから距離を詰めた。


「ヒトのこと言える!? あなたたちだって、属性やステータスしか見てないじゃない!

 あなたが操ろうとするヒトの中には、これから私たちが考えつかないようなことを考えつくかもしれないんだよ!」

「人間領の連中に、そんなことができるとでも?」

「私たちが今簡単に手に入る知識は、先人たちが一生をかけて得たものだ!」


 身長の低い私は、下からダイチくんを睨みつける。


「これまでの知識は、私たちより知識のないヒトたちから生まれた!

 私たちだって、未来のヒトからしたら、なんにも分かってない無能だよ!」


 自分の身体のことも、この世界を構築する小さなものも、大きな流れも、何一つ見えてない。

 それどころか、身近なヒトの言うことを鵜呑みにして、今まで当たり前だと思っていたことを疑いもしていない。


 ――そこまで考えて、どうしてソラとリリスちゃんが黙っていたのか、今わかった。


「……私は、自分の都合のいい世界より、不都合な世界がいい」


 いつの間にか、手のひらに爪がくい込んでいた。ゆっくりと指を開く。


「自分に都合がいい世界なんて、一人で芝居しているようなものじゃない。そんなの、寂しすぎる」

「話にならんな」

「お互い様」


 私は大きく後ろに下がった。


「少なくとも私は、一人じゃ何もできないの」


 私がそう言い放った時、

 剣を構えたアルトゥールくんが、私とダイチくんの間に割り込んだ。





 


 


 

 




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