第32話 嘘をついた報いと報われない想い

 モルゲンは、嘘をつくのは得意じゃない。

 私は、仲間からそんな風に思われている。

 確かに、私は下手な嘘が嫌いだ。大体の嘘は、見抜いてしまう。だから、上手な嘘のつき方をよく知っていた。

 真に迫る嘘をつくなら、ラベリングを書き換えたらいい。

 元々、多少はやっていた。魔獣に襲われた時、ドキドキするのは怖いからじゃなくてワクワクするから。こらえられなくて涙が出るのは、悲しいからではなくて涙が出るほどバカバカしいから。

 それと同じ手法で、「モルゲン・アサ・ヒナタ・ファン・シュヴァルツヴァルトは、恋愛とは程遠い存在である」と認識を書き換えた。


『モルゲンは嘘をつく子どもじゃない』。仲間の先入観が、騙すのを手伝ってくれた。

『「光の聖女」は、聖女だから清らかで、嘘をつかないに違いない』。『光の聖女』を名乗って、聖職者のような衣装を身につけたら、そんな偏見が騙すのを手伝ってくれた。


「自分はバカである」と思うと、本当にバカになるんだと、学校の幼児心理学で教わった。

 例えば、「魔族の知能は人間族と比べて劣っているわけではない」と徹底的に差別感情を排除したところ、魔族の子どもの成績は人間族の子どもと遜色ない結果になった。逆に、女性の研究員が女性差別の酷い場所で過ごしたら、知能ががたんと下がった。

 そうやってヒトは、簡単に先入観や偏見を植え付けられ、簡単に騙されるのだ。自分自身でさえ。




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 十五歳の年末。

 魔王城の年越し祭りに招待された時、膝丈までのカクテルドレスを着た。

 胸の膨らみを整えられて、アイラインや口紅をひかれて、オレンジ色のチークを淡く塗られる。


『うわあ、大きくなったね! アサちゃん』


 昔馴染みのスタイリストから、笑顔で声をかけられる。


『すっごく大人っぽくなったよ! ちょっと前まであーんなに小さかったのに、人間ってすぐ成長するねえ』

『そのサイズだと受精卵だよ?』


 作られた顔に笑顔を貼り付けた。

 私は会場を歩いていく。


『お、アサちゃん。ずいぶん女らしくなった、ッテ!』


 ドス、と、セクハラした男性の妹が、お腹をどついた。

 私は軽く挨拶をして、早足で去る。

 声をかけられる度、足を動かすスピードが上がる。

 ローヒールで歩く音が、硬い大理石の上に敷かれたレッドカーペットの上で、鈍く軽く鳴る。


『大人っぽくなったね』『女らしくなったね』『美人になったね』


 きっと本当に子どもだったら、心から喜んでいた言葉だった。

 恋愛に憧れて、ドレスや化粧に憧れて、大人になりたいと思っていた時なら。

 だから、心からその通りに振る舞いたいのに、できない。ドレスなんて着たくなかった。化粧なんてしたくなかった。そう心が叫ぶ。

 だけど、自分に嘘をついている私は、「ドレスを着たくない」理由がわからなかった。

 自分の行動に一貫性がない。子どもの頃好きだったものは、

 このままここにいたら、パニックになって自分を見失いそうだった。

 テーブルやヒトが集まる場所をくぐり抜けて、開けた場所へ向かう。

 やっと逃げられた、と思った時。


 そこには、女の子たちに囲まれているアルトゥールくんが立っていた。


 足が止まる。

 肌も胸も足もさらけ出して、色っぽくも可憐な女の子たちがいる。

 アルトゥールくんは、そつなく彼女たちの相手をしていた。

 怯える様子はなく、まるで昔話の王子様みたいに、優しく微笑んで女の子たちをエスコートしている。

 アルトゥールくんが、魔族の女の子の手の甲にキスをした時、私は会場を飛び出していた。

 全力で、人気のない場所へ向かって走る。

 じゃないと、泣き出してしまいそうだった。

 アルトゥールくんが克服できたならいいじゃない。あんな風に怯えずに済むなら、それが一番いい。アルトゥールくんのことを想うなら、喜ばなきゃ。

 なのに、なんでこんな、イライラしているの。



【アルトゥールくんのためにしたことが、報われなかったからでしょ】


 後ろから、誰かの声がした。

 心の中で、私の声が、私の背後から語りかけてくる。


【本当は好かれたかったのに、彼のために捨てて、それなのに彼はそれを一人で乗り越えて、見返りをくれなかったからでしょ】


 それは、私の中にいる、子どもの私だった。

 違う、と、言えなかった。

 この称号は借り物だと口先で言いながら、誰かの言葉で聖女になった気でいた。

 見返りなんて求めてなかったはずなのに、見返りをくれなかったアルトゥールくんを、私は憎んでいる。


 そう気づいて、今まで『子ども』だと思い込んでいたことが、あっけなく砕け散った。


 確かに、自我は他者の言葉で引っ張られる。

 でも、本当の自分は、誰にも干渉できない。私が何を感じて、何を思うかは、私自身でさえも制御不能だった。

 どうしよう。どうすればいい? こんな想いを、どうやったらアルトゥールくんに見せないようにできるの。

 憎んでいるなんて悟られたくない。見返りが欲しいなんて知られたくない。

 もはや目的はなくなって、手段に首を絞め続けられる。自分じゃどうしようも無いほど自分の感情に溺れそうになった時、



『あら、アサじゃないの』



 回廊の欄干に、リリスちゃんが腰掛けていた。

 月の光を吸った金髪とエンパイアドレスが、ラピスラズリを散りばめたような夜空に、一際輝いていた。

 足を止め、呆然と立ち尽くす私に、リリスちゃんはニッコリ笑った。


『うん。あなたは、変わらないわね』

『……!』


 私は、思わずリリスちゃんの胸に飛び込んだ。


『お、おっと?』


 リリスちゃんが驚きつつも、優しく私を抱きしめてくれた。

 私は耐えきれなくなって、そのまま泣いた。

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