アルトゥール視点 聖らかじゃないと、君は泣いた

「呪いの詳細は、こんな感じかな。

 呪いって言ったって、見ての通りもうほとんど解けてるし、君が何か心配するようなことはないよ」


 モルゲンはそう言って黙った。



 ……今、何が起きたのかわからない。

 話をしていた時、モルゲンは僕から離れて、顔を俯けていた。

 もしあのままくっついていたら、心臓の音でバレたと思うし、今顔を上げられたら顔が赤いことがバレただろう。

 ニヤける口元を抑える。変な声が出そうだった。

 今のは幻聴じゃない、よな。


 僕の見返りが欲しかった、なんて、今まで一番欲しかったものだ。

 誰かに親切にする時、彼女は見返りを求めない。わがままを言ったり、交渉を持ちかけることはあっても、それすら誰かのためだ。

 そんな彼女が、僕だけに見返りを求めてくれることが、どうしようもなく嬉しい。


 幸福感と一抹の不安が、息苦しいぐらい詰まる。

 今すぐ抱きしめたいぐらいだったが、待て待て待て待て、と理性が本能を止めた。

 僕が知りたいと言ったことは、全部詳らかにされた。だからこそわからない。

 どうして、彼女は申し訳なさそうにしているのか。

 そこをちゃんと、言葉で知りたい。

 全部は話せなくても、お互いもう少し話し合ったら、こんなにこじれなかったんじゃないか。相手のため、と言って、相手に確かめないで先回りした結果がこれだ。

 僕は少し考えて、彼女に聞いた。


「……まだ、よくわからないんだ。

 どうして、君が謝ったのか。君が謝ることなんてないだろう?」


 モルゲンが顔を上げる。

 闇の中でも煌めいて見える黒い目が、そのまま真っ直ぐ僕を射抜いた。


「……本当にそう?」


 震える声で、モルゲンが言う。

 そうだよ、と僕は言った。


「君は正しいよ」


『アルトゥールくんは、大人の女性が苦手だと思った』と言われた時、とても驚いた。

 けれど良く考えたら、聡い彼女が気づかないはずがない。

 僕の恋愛感情だって、他のヒトは気づいて、どうして当人はこんなに鈍感なんだろう、とずっと疑問だったが、『恋愛感情を無くす呪い』だと聞いて納得した。

 ……うん、むしろなんで、呪いや魔法の類を疑わなかったんだろう。鈍かったのは彼女じゃなくて、僕だ。

 だからって、自分に呪いを掛けたり、子どもに見られるようにしたり、とか。どうしてそんな変に思いきりがいいんだと、自分のことを棚に上げる。


 だけど、彼女の選択は間違えじゃない。

 僕は、性的に迫ってくる成人女性を怖がっていた。魔王城の年越し祭りだって、人間領の代表として問題が起きないように、痩せ我慢しただけだ。今だって、得意じゃない。

 ……彼女は、どこまで知っているんだろうか。

 彼女だけには、過去を明かしたくないと思った。バレたら死ぬとさえ思っていた。

 死にたくないな。過去の自分をあっさり裏切る。

 何があっても、死にたくない。離れたくない。

 今はもう、ほとんど思い出せない母の顔を頭の隅にやる。



 僕は彼女が口を開くまで、黙っていた。

 だって、と、嗚咽混じりに、彼女は言った。



「私は、正しくないよ……」



 その言葉に、僕は息を呑んだ。


「今なんか誰かのためにしたことは悪いことに使われるし、誰かを思ってやったことは誰かを傷つけている。ずっと!」


 聞いていて胸が張り裂けるような声で、彼女は言った。


「教会の都合だって言われても! 『光の聖女』を返上したり王都に入れなくなるのは、本当は私がやらかしたからかな、とか! アルトゥールくんが会いにこないのは、私が何かしちゃったからかなとか! ずっと不安だった!

 魔族と人間の問題はまだまだ沢山あるのに、私のせいで、旅は失敗したんじゃないかって……!」


 私は、とモルゲンは言った。



「正しくもきよらかでもない私じゃ、ダメかな……」

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