第30話 話をしようか、と君は言った

 ギイッ、と、古びた金属の扉が閉まる。

 警備員たちは去っていき、押し込められた私は、そのまま尻もちをついた。岩のような硬い感触と、ぺトリコールの匂いがする。

 地下牢に閉じ込められても、アルトゥールくんと一緒なのが不幸中の幸いだった。

 なんせ、私のドレスは袖がない。そして地下は寒い。よって、アルトゥールくんの上着を借りることになった。

 とはいえ、アルトゥールくんも厚着というわけじゃない。さすがにアルトゥールくんの上着を剥ぎ取って、一人で占領するわけにはいかない。なので今、お互いの肩にかけてくっついてる。

 しばらく、どちらも黙っていた。

「……あんの」

 先に口を開いたのは、私だった。



「あんの視野狭窄増長優生思想の煮こごりみたいなバカはぁぁぁ!!」

「あ、良かった。元気だね」



 カラッとしたアルトゥールくんの声を聞いて、私は驚きすぎて滞っていた感情を爆発させる。


「なんっなの! なんなのあのバカは! もう! 勉強しすぎてバカになったんじゃないの!」


 地下牢にガンガン反響する。うるさいとわかっていても、頭にきた私は声量を落とせなかった。アルトゥールくんがボソッと「陛下ってる」と言ったけど、気にしない。


「アルトゥールくん、アイツの言ってることは五割以上嘘だからね! 信じないでよ!?」

「うん、知ってる」


 アルトゥールくんは言った。


「もし君が菌で僕を操っていたら、僕ら十年の間に、あんなたくさんケンカしてないだろ」

「わーい今までの信頼の勝ちー!!」


 ヤケクソな気持ちで拳を軽く挙げる。テンション上げないとやってられなかった。


「ちなみに、どこまでが本当なんだい?」

「アキラ・ヒノモトのマイクロバイオームが種の銀行ジーンバンクに収められているのは本当! あと、私に彼女と同じマイクロバイオームが宿ってるのも本当!

 なんならアキラ・ヒノモトが自身に宿る菌を操作して、周囲の精神に干渉できたのも本当!」

「ほとんど本当の話じゃないか」

「ごめん嘘ついた! 五割以上が本当!」


 ダイチくんの主張、字面だけ見たら本当なんだけど、ダイチくんが意図した内容とは徹底的に違うんである。

 まず前提として、私には魔力がない。

 つまり、菌を操作するなんて出来ない。


「確かに、私が誰かと喋ったり、ご飯食べたり、握手したりすることで、マイクロバイオームは共有されるよ? でもダイチくんが言う人心掌握して軍事利用とか出来ないから!!」


 逆に言えば、補助になる魔法道具を作り、魔力を貰っていたら、私にも出来たかもしれない。だけど、コストが悪すぎる。

 重ねて言うけど、私には魔力がない。魔王ソラから貰った魔力をそんなことに使ってたら、自分の身を守れない。旅の序盤で死んでる。


『はあ? 勇者について行く? バカ、お前魔力ないだろ』


 ふと、昔掛けられた言葉を思い出した。

 突然出てくる懐かしさに、爆発していた感情が急にしぼんでくる。



「……私ね、旅を反対されてたの」

「うん?」

「魔力がないと、【黒い森】じゃ障がい者扱いなの。日常的に魔力を使う社会だから」



 人間領じゃ、魔力がない人間が普通だけど、魔族領だと魔力がない人間は『障がい者』だ。

 障がいとは、結局は困難さと言うより、偏差値なんだろう。空を飛べなくても、多くの人間が出来ないのなら障がいじゃない。

 そう今の私ならわかるけれど、昔の私にとっては大きな枷だった。

 日常も基本、大人たちが気を遣ってくれていたけど。私の魔力贈与係を、他の子にやらせようとしていた。

 選ばれた子は、最初は優しくしてくれるんだけど、その後だんだん拘束される苦しみから、憎しみを抱かれるのが辛かった。そんな状態で、相手の機嫌ひとつで、今日一日を過ごせるかわからないのは、怖かった。

 身体能力が劣るから、一緒に遊んでも楽しくないって突っぱねられて、大人からは魔力がないから変なところに一人で遊びに行かないように制限をかけられた。


「そんな時に、そばにいてくれたのがダイチくんだった。

 彼は私が、『魔力障がい者』じゃなくて、『社会に有益な存在』として見られるようにしてくれた。私にとっては、それが学校の成績を収めることだったの」


 ダイチくんは自分だって忙しいのに、子どもの私の面倒をすすんで見てくれた。話し相手をしてくれて、勉強を見てくれて、私がやりたいと思ったことには付き合ってくれた。

 微生物が見える眼鏡を作ってくれたのも、ダイチくんだった。

 ……だから、覚悟していたけど、ショックだった。

 彼が麻薬を作っていることは、早い段階で疑っていた。さらにアルトゥールくんを介して、お父さんから受け取った情報から確信した。――酵母の遺伝子操作を行って麻薬の生産が出来るのは、微生物学をおさめ、なおかつ酵母を視覚化し操作できるサテュロス族のソラか、ダイチくんだ。その中でレッドシールド家と繋がりを持つのは、彼しかいない。

 誰よりフェアな関係を望んでいたダイチくん。そんな彼が、私の研究を、それも流出を禁じられた研究を使うなんて信じたくなかった。けど、それ以外に容疑者はいなかった。


 それでも、私を使ってまでヒトを操ろうとしているなんて、思いたくもなかった。

 ……あんな目をするまで、ダイチくんには嫌われてない、なんて思ってた。


 ダイチくんの言うことは、確かに間違いじゃない。ただ、情報の並べ方が最悪だ。

 前魔王は確かに、人為的に『光の聖女』を作ろうとしていた。でも、それはソラが魔王についてから、すぐに頓挫した。

 マイクロバイオームは最初は母親から受け継ぐものだけど、その後は周りの環境、とくに『食生活』に影響され変化する。だから『光の聖女』のマイクロバイオームを受け継いだとしても、成長後は別物に変わる。

 ただ、アキラ・ヒノモトのマイクロバイオームは、別に精神干渉を行わなくても、有益な菌をたくさん保有していた。免疫系、運動神経系、消化系、そしてストレス耐性。

 お母さんが私に『光の聖女』のマイクロバイオームを移したのは、魔王から命令を受けたからじゃなく、単に「娘の健康のためにやってみよ」と思ったからだ。実験は成功し、私はほとんど完璧に『光の聖女』のマイクロバイオームを手に入れた。


 旅だって、私がやりたいと思ったから、ソラがわざわざ『魔王の勅命』にして、私を養子にしただけ。順番が違う。

 もしもソラが本格的に人間の精神に干渉しようと思ったら、幻覚や精神を操る魔物が派遣された。それこそ私じゃなくて、ダイチくんを派遣すればいい。サテュロス族は酵母を操り、他者を酩酊させ、パニックや幻覚を引き起こすことが出来る。

 それなのにどうして、ダイチくんはわざわざコスパの悪い私をあの場に出したのか。



「……彼にとっては、君がアキラ・ヒノモトの菌を保有しているというより、人間であることが大事だったんだろうね」



 ポツリ、とアルトゥールくんが言った。


「彼は魔族だ。ほとんど見た目は人間と変わらないけど、それでも魔族だとわかる角をもっている。

 もし彼が直接心を操るとなったら、差別意識の強い人間側から反発を受けるだろう。抵抗する力が強ければ、幻覚や洗脳も効きずらくなる。

 でも、同じ人間から支配を受けていると思えば、いくばくか人間側は心を開くんじゃないか」


 それに、とアルトゥールくんは続けた。


「非公式とはいえ、君が『光の聖女』を名乗っていた時代を知っている人間は少なくないし、そもそも『光の聖女』自体が信仰対象だ」

「あー、信仰補正かー。それは考えなかった」


 私は思わずドレスのすそに顔を埋めた。化粧がつくとかもう考えない。ベルベット生地、やわらかくて気持ちいい。

 多分、あのパーティーの飲食には、精神干渉を受けやすい薬でも混ぜてるんだろな。プラス『光の聖女』がいるということで、招待客には、魔族であるダイチくんの言葉がよりダイレクトに伝わったことだろう。

 私は招待客を洗脳するために担がれたのだ。来るんじゃなかった。今さら悔いても遅し。

 顔見知りの私がいたら、少しでもダイチくんの動揺をかけられるかと思ったのに。


「もー、ダイチくんの言う通り皆を操ることが出来たら、まずダイチくんに裏切られてないっての!」

「けど、これで彼の目的はわかったね」


 アルトゥールくんが言った。


「彼は何もかも手に入れるつもりなんだ。レッドシールド家も、魔王の座も、人間の王としての地位も、――大陸も」

「……欲張りすぎでしょ。全部やろうとしたら、過労死するって」


 ただでさえ、ソラも王様もそれぞれ大変だって言うのに、掛け持ちとか無理じゃないか。


「この館全部に結界が張られていることは最初からわかっていたことだったから、後はエレインたちがどうにかしてくれるよ」


 アルトゥールくんが言う通り、ここまではちゃんとわかっててやったこと。

 もしアルトゥールくんが館を破壊できなかったら、エレインが外から解除して、捜査権を(一応)持つ王立ポルダー保安隊が突入する手はずになっている。だけど。


「それでその後、皆はなんて言って突入してくるの? レッドシールド家の敷地内だよ?」


 そもそも私たちは、レッドシールド家がどんな相手と麻薬の取引をしているのか、確かめるつもりで来ていた。つまり、今の所レッドシールド家が関わっている証拠はない。

 そんな状態で突入したら、逆に王立ポルダー保安隊の方が訴えられるんじゃないか。そう言うと、「大丈夫だよ」とアルトゥールくんが付け加えた。


「あらかじめ、僕の失踪届が出てる。僕を探して来たと言う体で、突入してくるよ」

「えー、その程度で出来る? いくら勇者だって言ったって、相手はレッドシールド家じゃん」

「できるさ。僕、公爵になったから」


 ……その言葉を聞いて、私は目を丸くした。


「……爵位、受け継いだの?」

「うん。年明け祭の時に、正式に発表される予定だよ」


 私は、アルトゥールくんがポルダー共和国前シーナサップ公の庶子であること――王様の弟であることを知っている。彼から直接、宗教上の理由で出生を隠されている、と聞いていた。

 ポルダー共和国がポルダー王国になった時、アルトゥールくんは王様から王弟であること、シーナサップ公の領地と爵位を譲ると言ったけど、アルトゥールくんは断った。


「なんで、今? てっきり私は、嫌なのかと思ってた」

「嫌だよ。散々教会や宮廷に振り回されたのに、公開したらまたややこしくなるし。……けれどこうやって、身を守る手段にはなるから」


 それはまあ、確かに。現在も役に立っているし。

 貴族階級の格差より金の力がモノを言うポルダー王国と言えど、さすがのレッドシールド家も、敷地内に王弟がいるとなったら反抗は出来ない。


「だから僕らは、彼らが突入してくるまで待つしかしない。それまで、話をしようか」


 その静かな響きに、そうだね、と私はうなずいた。


「認識阻害魔法を掛けていた理由と、私が掛けていた呪いについて、でしょ。

 答えるよ、全部」


 もう誤魔化すことは出来ないのなら、ちゃんと終わらせようと思った。


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