第29話 そこまでバカだと思ってなかった
パーティーの中心には、ステージがある。その上に、主催者であるダイチくんたちが立っていた。彼らの後ろには、大きなスクリーンが下げられている。
舞踏会というより、シンポジウムだ。私には親しみのある空気。
そう思いながら、裾を踏まないように、つまづかないように階段を登り、ステージの袖に立つ。
すると、ステージ以外の明かりが全てが消えた。
『本日はお忙しい中、ご列席いただき誠にありがとうございます』
風の魔法で拡声された、ダイチくんの声が響く。そして、ごくありふれた挨拶が続いた。
私は、こちらを見るヒトたちを見ていた。暗くて奥はよく見えないけれど、前の方はステージのライトで顔ぶれがわかる。
あのヒト、見覚えあるな。『光の聖女』を名乗っていた時に、交渉した貴族夫妻だ。バレないといいな、とちょっとドキドキした。
『……それでは、我々の団結と、皆様のご健勝を祈る前に。
皆様は、「光の聖女」をご存知でしょうか』
……え?
思わず、私はダイチくんを見る。
驚いたのは私だけではなく、他のヒトたちもだ。ザワザワとした音の中、
「今、『光の聖女』と……?」
「レッドシールド家は太陽宗教なのに」
という声を拾う。
その声に押されるように、私は部屋の隅にある『光の聖女』の彫刻を見た。
そうだ。『光の聖女』は民間信仰だ。聖光教会だって、ほとんど公然だけど、正式には認めてない。それなのに、他宗教を拒絶し、選民意識の強い太陽宗教を崇めるレッドシールド家に、なぜあの彫刻があるんだろう。――なんで今、『レッドシールド家』と繋がりを持ちたいヒトたちの前で、その単語を使った?
『「光の聖女」は、民間信仰による各地の地母神宗教の融合だと考えられております。しかし三十年前、事実上の人間と魔族の最後の戦いである「フォフスタッドの戦い」において、実際に「光の聖女」を名乗った人間の女性がいました。
その名をご存知の方もいらっしゃるでしょう。――その者の名前は、アキラ・ヒノモト・ファン・シュヴァルツヴァルト』
待って。
待って待って待って。
今すぐダイチくんを止めなきゃとわかっているのに、全然体が動かない。
『彼女はある特殊な菌を保有する宿主でした。
どんな狂気に陥ったモノも、彼女のそばにいるだけで正気を取り戻しました。どんな裏切り者も、彼女と話すと、自らの罪を告白しました。敵対するものには融和を、仲間には団結を促しました。
それは全て、「光の聖女」が宿す菌に感染したからです。
「光の聖女」は、その菌を自在に操り、ヒトビトの心を掌握したのです』
パチン、とダイチくんが指を鳴らす。
突然、ステージのライトが落ち、代わりにスポットライトが私とダイチくんの頭上に降り注がれた。
『そして、ここにいるのは、我が姪であり、親愛なる魔王ソラの後継者――モルゲン・アサ・ヒナタ・ファン・シュヴァルツヴァルトは、アキラ・ヒノモトの菌を保有し、魔王の勅命により「光の聖女」を名乗って人間と魔族の融和を果たしました』
どわっと、その場がどよめいた。
「そう言えば、あの子見たことあるわ。髪色が違うから気づかなかったけど、勇者様と一緒に……」
「しかし、『人間と魔族の共存宣言』にはいなかった……」
マズイ。
私の焦りとは裏腹に、ダイチくんは続ける。
『魔王領では、殉死した「光の聖女」の遺体から、マイクロバイオームを収集し、
しかし成長するにつれ、マイクロバイオームは生育環境により左右されます。そのため、「光の聖女」のように完全に定着することはありませんでした。
しかし彼女は、【黒い森】きっての秀才シキ・ヒナタ・ファン・シュヴァルツヴァルトによって、ジーンバンクに収められた「光の聖女」のマイクロバイオームを完全に宿しました。
自身が保有する菌を操って、勇者を自身の支配下におき、無血で魔族側に勝利を捧げたのです』
「ダイチッ!!」
ようやく、私は声を出すことができた。
ダイチは顔をこちらに向けた。
そこには、なんの感情もなかった。
不特定多数の視線が、困惑と恐怖、わずかな怒りを私にぶつけてくる。
私は間合いを詰めて、両手で胸元を掴む。
「……こんなにバカだとは思わなかったッ! こんな、誇張表現をして煽るなんて、迷信よりタチが悪いこと!」
今まで、どれだけのヒトが『勝敗』に触れないようにしていたか。
魔族が勝った、人間が勝ったではなくて、ただの『終戦』に持っていくために、どれだけ頑張ったか。
こんな、今まで色んなヒトたちの努力を全部台無しにするようなことを、再び戦争の火種になるようなことを、どうして。
「……何が違う?」
拡声魔法を解いたダイチくんは、耳元で囁いた。
「
その証拠に、お前は一度も俺の待遇に関して、声をあげなかっただろ。人間なら余裕で突破できる点数や功績を残しても、魔族の俺はかすりもしなかった。賢くても認められない不平等な現実に、お前は声をあげたか?」
「それはっ!」
「人間だから、魔族のことは関係ない……いや、上に立たないと自分が不利になるから、見ないふりをしたんだろ」
それ以上、なんの言葉も浮かばなかった。
今目の前にいるヒトが、私の知っているヒトだと、とても思えなかった。
ダイチくんは、固まった私から離れて、 『皆様!』と拡声魔法を使った。
『これからの戦争は、大砲や銃弾で物理的に破壊するのではなく、精神を支配する時代です! 精神を制したものが、より世界を平和に、すべての種に平穏をもたらすのです!
そのために我々ポルダー連合国は、魔族と人間の垣根を取り払い、真の平等のため、くだらぬ王政を討伐しなくてはなりません!
ポルダーに再び黄金時代を! そしてこの大陸の、いや世界の覇権を手にしましょう!』
ダイチくんがそう高らかに訴えた時。
つむじ風のような剣圧が、私とダイチくんの間を切り裂いた。
きゃあ! と、女性の叫び声が聞こえ、真っ先に逃げた男性が扉を開こうとしていた。が、扉は動かない。――閉じ込められているのか。
巻き上げられた風が止むと、私の前には、アルトゥールくんが剣を構えていた。
「アルトゥールくん、突破できる?」
「いや、窓を破壊して脱出するつもりだったんだけど、ダメだったみたいだ。ごめん」
助けられない。と付け加えたアルトゥールん。
私とアルトゥールくんは、そのまま屈強な警備員たちに抑え込まれてしまった。
床に押さえつけられた私は、ダイチくんを見上げる。
見下ろすダイチくんの目には、やっぱりなんの感情もなかった。
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