第28話 すべての真相
ミスタ・ハワードと話を終えて、大広間に戻ると、招待客はかなり増えていた。
壁際に立っていると、アルトゥールくんがやって来る。
「……どうだった?」
アルトゥールくんが、誰にも聞かれないようにこっそり耳打ちした。
「微妙かな。正直、手を引くとは思っていないし。とりあえず、リュカの気持ちは伝えられたと思う」
リュカが、父親が麻薬商売に手を染めることを良しとしていないこと。自力で調査したリュカが、全てを公開する気でいること。
私を『先生』と呼んだ時、リュカは捨て身で全てを公表するつもりだったという。
ハッキリとした言葉では伝えてないけど、ミスタ・ハワードも勘づいていたことだろう。リュカは何度も直談判して、ダメだったって言ってたし。
だが、国家が絡むとなると、そう簡単に手を引くことは出来ない。
というか、今回様々な組織が様々な思惑で絡み合っているため、とても複雑だ。
というわけで、一つずつ謎を整理していこう。
①黒幕の目的と真相
多方面から調べた結果、この件は、主に四つの組織が関わっている。
レッドシールド家。エングランド連合王国。そして、反王家主義者と、魔族の強硬派だ。
今の王権制度……というより王様に不満を持つ反王家主義者。共存を謳われてもなお差別されている魔族の強硬派。
その二つが手を組み、レッドシールド家とエングランド連合王国を後ろ盾にした。
レッドシールド家の利益はポルダー王国の経済を握ること、エングランド連合王国の利益は人体実験のデータを集めることだが、この事件の中心は反王家主義者と魔族の強硬派である。
麻薬を製造しているのは、魔族の強硬派で間違いない。というか、ほとんどの麻薬物質の合成は【黒い森】の学者にしか出来ない。さらに実行できるとなると、ほんのひと握りの魔族だ。
だが、社会の構造自体をひっくり返すとなると、人間領に精通している権力者が必要。そこで、反王家主義者と手を組むことになった。
聖光教会の教義を掲げる反王家主義者は、魔族を嫌っている。そしてそれ以上に、魔族との戦争を独断で終わらせた王様を憎んでいる。
ポルダーは元々、王国ではなく、共和国だった。メンツを潰されたと考える古い貴族や商家は少なくない。
共通の敵を倒すために、魔族の強硬派と、反王家主義者は手を組んだのだ。
――お互いの目的としては本末転倒じゃないかと思うが、ツッコミを放棄する。
公では対立し、敵対している組織が、共通する敵と利益のために手を組んでいる。
そのためなら、どの組織も帰属する同胞や仲間を使い捨てにして、頭が痛い。
特に反王家主義者なんて、誰かを槍玉に上げて支持を得ていたやつらだ。魔族を『今まで安全だった人間領の治安を悪化させた、最低最悪の悪魔ども』、レッドシールド家を『金欲に取り憑かれ、ヒトを操って富を独占する罪人』、エングランド連合王国を『エングランド連合王国が土地を買い占めて侵略している。そのうち武力を持って襲いかかってくる』と、散々国民の差別感情と恐怖を煽っていたのに、裏では手を組んでいたなんて。スローガンは『美しいポルダーを(魔族やレッドシールド家やエングランド連合王国から)取り戻す』。頭が痛い(二回目)。
②王立フォフスタッド学園の真相
「そう言えば三年前、全ての国民を王立学校に入学させる条件として、『校長に人事権等の権力を集中させる』ことを反王家主義者から呑まされたって言ってたよ」
「あああああ」
アルトゥールくんが遠い目をし、私は思わず頭を抱える。
そう言えばそんなことがありましたね、ええ。 『魔族人間問わず優秀な存在のみを教職に登用できるように』って。
ちくしょう、その話を聞いても『ふーん』なんてスルーしていた過去の自分が悔やまれる!
どうりで教師の皆が問題や情報を共有されず、分断されているわけだ。『なんかおかしいな』と疑問に思った教師が結託して行動を起こされたら困るもんね。怪しい動きをしたその時点で、反王家主義者の息がかかった校長は教師をクビにしていたのだ。
ましてや、麻薬は犯罪だ。自分のクラスの生徒が手を出していることがバレたら、責任を問われて教職を追われる。だから皆それぞれ隠蔽し、関わらないようにしていた。仕事を追われる恐怖を利用して、分断を図っていた、ってわけか。ほんっとやり口が卑怯!
ついでに麻薬の流通を後で明らかにさせて、王様の『魔族との融和』政策の失敗を追求、失脚させる筋書きもセット。
「不幸中の幸いは、先生が調査しつつ、上層部に睨みを効かせてくれたことだよね……私が結構好き勝手出来たのも、先生の威光のお陰だし」
「パルシヴァルは旧教でも新教の中でも、結構権力を持っているから、校長も無下に出来なかったんだろうね。反王家主義者も、できる限り教会の機嫌を損ねたくないみたいだし」
やっぱり先生すごい。王様すら無下にされてるっていうのに。
③バラバラ殺人事件の真相
「君のお父さんにも話を聞いてみたけれど、バラバラ殺人事件も、麻薬絡みだと考えていいだろう」
「あー、パーティーの前に、お父さんと通話したんだっけ。なんて言ってた?」
「恐らくバラバラなのは、身体を痛めつけられた事実を隠すためだろう……と」
……やっぱり、そうか。
私は目を伏せる。
「フォフスタッド川って大きいよね。学園にも通ってた」
「ああ。遺体も学園より下流で発見されている。遺体も調べたところ、まだほんの十四歳の男子だということがわかった」
この間見つかったんだ、とアルトゥールくんが目を伏せる。
「歯と舌が揃った頭部。爪を剥がされた手と足。骨が破壊されたあと。……拷問の跡だ」
思わず、私は口の中を噛んだ。
麻薬の売り子である生徒たちの間にも、派閥のようなものが出来ている――リュカが教えてくれた。その中で、裏切りか出し抜けのようなものがあったんだろう。
『麻薬のルールを破ったものには、制裁が待っているらしいんだ』リュカが暗い顔で、そう教えてくれた。
「こんなものかな?」
「こんなものだろうね」
ひとまず確認しなくてはいけないことは、この辺りだろう。複雑すぎな上、吐き気がする邪悪さに思わず考えることを放り投げたくなった。アルトゥールくんと話すことが出来なかったら、本当にそうしていただろう。
魔族の強硬派の正体は、わざわざ口に出さなくてもわかる。誰かなんて、とっくにわかっているからここにいるのだ。
「……大丈夫なのか?」
アルトゥールくんが、声をかける。
「大丈夫じゃない」
緊張からか、恐怖を誤魔化しておどけたいのか、出てきた自分の声は妙に高かった。
「今だって、『嘘じゃないか』って思いたいよ。
だけど、公平にものを見たら、それが真実だって受け入れるしかない」
私がそう言うと、そうだな、とアルトゥールくんが答えた。
「そこで『ごめん』って言わないんだね」
「謝られたら困るんだろう?」
初めてアルトゥールくんが笑う。つられて、私も笑った。
「ようやく、普通に笑ったね」
「これでも緊張してるんだよ。社交界なんて、すんごいハラハラするし、マナーなんて頭から抜けそうだし」
「魔王城でのレセプションパーティーでも、緊張していたよね」
陛下と会う時はすごく気楽なくせに、どうしてパーティーはそんな緊張するのさ。
アルトゥールくんにそう言われても、緊張する時は緊張する。
「それに、アルトゥールくんは知らないヒトみたいな顔してるし。何その前髪」
「男のドレスコードはこんなものだろう? それに一応、知らないフリ設定だったから、あまり笑わない方がいいかと思って」
そうでした。
一応私、王都に入っちゃいけないことになってるから、社交界で顔見知りだとバレるのはリスキーだ。『光の聖女』は公では隠されているけど、何人か当時出会った貴族もいるし。
「バレないかな?」
「髪色も名前も変えているんだから、大丈夫さ。それに君のイメージも、随分変わっているだろうし……」
そう言って、ジッとアルトゥールくんは、こちらを見た。
逆光して暗くなった青い目と、少し皺を寄せた眉に、私はドキリとした。
「……君、僕に言っていないことがあるだろ」
「え?」
「何時から君は、自分に認識阻害の魔法を掛けてた?」
ヒュッ。
喉から、そんな声が出た。
「不自然なくらい子どもの姿に見えたのに、それをおかしいと思わないなんて、幻覚じゃなくて認識阻害の魔法だろ。
それもずっと前からだ。じゃなきゃ、急に十年ぐらい成長した姿には見えない」
「……十年じゃないよ。八年」
「じゃあ、十五の時からか」
すごい勢いで隠し事がバレていく。
いや、覚悟はしていた。
モクムでアルトゥールくんと再会した時、だんだん掛けていた魔法が消えていっていると自覚していた。だからもう一度、リリスちゃんに掛けてもらうつもりでいたのに、すっかり忘れていた。
「僕が知っている隠し事は、もう一つある」
アルトゥールくんは、一つ呼吸をおいて、こう言った。
「君は自分に対して、何の呪いを掛けたんだ?」
時が止まったようだった。
あれだけ色とりどりに見えたパーティー会場が、急に影絵のように見えた。乾いた浅い呼吸が、耳に響く。
その時だった。
「アサ様、ダイチ様がお呼びです。パーティーの挨拶を始めると」
執事の方から、声をかけられた。
「あ……はい。今行きますね」
逃げるように、ローヒールを履いた足を素早く動かす。
「モルッ、……アサ!」
後ろでアルトゥールくんが、『モルゲン』と呼びそうになって、慌てて『アサ』と呼び直した。
思わず立ち止まってしまう。
どうしてだろう。
小さい頃は、『アサ』と呼ばれるのが当たり前だったのに、アルトゥールくんから呼ばれると、自分の名前じゃないみたいだ。
「……この件が終わったら、ちゃんと話すよ」
そう告げて、私はダイチくんとフェナさんが居るところまで、早足で向かった。
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