第26話 パーティーに潜入せよ④

 フェナさんが選んでくれたのは、肩の位置が低く、ラペルがショールのような形になったドレスで、スカートが円を描くように広がったものだった。

 リリスちゃんが着ていたエンパイアドレスには憧れがあったけど、こちらでは下着のようなドレスだと言うヒトもいるらしいので、フェナさんとダイチくんのことを考えると、評判を下げるようなことはしたくない。


「黒髪ですと、赤いドレスと真珠がよく映えますね」


 フェナさんが、鏡の中の私を見てそう言った。


「とても綺麗な髪ですが、何か特別なケアをしていますか?」

「いやー……遺伝ですかね」


 ポルダー王国では衛生管理の一環として、シャンプーや石鹸は全国民に無償で配給されている。そのシャンプーを使っているので、特別なケアはしていない。

 ハーフアップした髪と胸元には、赤い花と白い花。パールチョーカーの真ん中には、大きなダイヤモンドが輝いていた。


「もう少しキツめにコルセットをした方が、腰が細く美しく見えますのに」

「もうこの辺で勘弁してください……」


 お腹が爆発するかと思った。

 うちの一族が成人の日に着る振袖もそうだけど、私は腹を締め付けられることに耐えられないらしい。というか、コルセットを着用しているヒトがすごい。先程私が悲鳴を上げてもギッチギチに閉めてくれたメイドさんは、すまし顔でそばに立っていた。

 露出した胸元を見下ろすと、ドレスを押し上げるように上を向いている。


「……あの、やっぱりショールをください」

「ダメです」


 ニッコリと断られてしまった。

 わかんない……足はダメで胸がOKな理由がわからない……。

 にしても、とフェナさんが言う。


「アサさん、最初は十五、六だと思っていたのですけど、ドレスを着ると随分大人っぽく見えますね」

「あはは。老けたように見えますかね」

「いえ、そうではなくて……顔つきはほとんど変わらないのに、どうしてかしら」


 首を傾げるフェナさんに、お化粧のおかげですかね、と私は笑って返した。

 何時もより赤く塗られた口紅が浮いている気がして、我ながら気持ち悪いな、と思った。






 ホールには、たくさんの人が集まっている。

 燕尾服を着る男性。カラフルなドレスを身に纏う女性。シャンパンなどの飲み物をお盆に乗せて立つウェイター。

 赤いカーテンが張り巡らされた大広間には、キラキラとシャンデリアの光が散るように輝いていた。香水の匂いとオーケストラの音楽と相まって、頭がクラクラしそうだ。

 私は左手で扇を持って壁際に立つ。隣で、ラベンダー色のドレスを着たフェナさんが、右腕に絡ませて立ってくれた。


「気を楽にされてくださいね。今回のパーティーは、内々のことなので」


 そう言って、フェナさんが微笑む。

 、ね。

 私ははい、とうなずいた。


 レッドシールド家。

 赤い盾の紋章を抱く、大陸一の商家であり、銀行家であり、そしてエングランド連合王国の貴族でもある。

 そして、エルフと共に、聖光教会の前身である太陽宗教を信仰する一族だ。

 その事業は多岐にわたり、貿易業から醸造所、金融から慈善活動まで幅広い。

 その影響力はどの階級、どの国、どの種族にも強い影響を与えており、従業員には魔族も少なくないという。

 だが、反面強固な排他的主義でもあり、魔族はおろか、自分たち一族では無いものを入れることを嫌がる。そのため、自分で決めた結婚によって勘当された令嬢も少なくないらしい。

 フェナさんは、ご両親には強く反対されているものの、レッドシールド家から譲り受けた家と、『レッドシールド』の苗字を名乗っていることから、勘当はされていないらしい。

 つまり、ダイチくんたちはレッドシールド家の傍流となる。ここに集まるヒトたちは、レッドシールド家と繋がりを持つ、あるいは今後強固な関係を築きたいと集まってきたヒトたちなのだ。


「彼が、ミスタ・ハワードです」


 ミスタ・ハワード。

 リュカのお父さんだ。

 部屋の入口に、髭を蓄えた金髪の男性が、とても良い姿勢で立っていた。そこに、ダイチくんが現れて、案内している。


「私たちも行きましょうか」


 フェナさんに促されて、私は足を進める。

 彼と会って、話をする。それが私の、今日の目的。

 ……けれど、それ以上は進めなかった。


「アサさん?」


 フェナさんが、止まった私を見る。

 反応出来なかった。

 ミスタ・ハワードの隣には、同じく燕尾服を着たアルトゥールくんが立っていた。

 いつもは下ろしている銀色の髪を後ろに流して、青い目がこちらを見ている。

 まるで知らないヒトのように私を見る彼に、私は身体がすくんでしまった。


 アルトゥールくんがここに来ることは、わかっていた。

 だけど出来たら、アルトゥールくんだけには見られたくなかった。

 



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