第25話 パーティーに潜入せよ③
そう言えば、とフェナさんが言った。
「ダイチさんは、アサさんのお母様の研究室にいたと聞きました」
フェナさんの言葉に、そうなんです、と私は答える。
ダイチくんとソラは、母と古い知己で、私は小さい頃から面倒を見てもらっていた。言わば二人は、私の兄的存在だ。
「二人はサテュロス族だから、酵母を操って、お酒を作ることができるんです。その性質を使って、酵母を集めたり、酵母の遺伝子を操作して、新しいお酒を作ったりしていました。私は魔力がないので、いつも助けて貰っていましたね」
今じゃソラは魔王で、私の義父。
ダイチくんは、人間界で実業家として成功しているなんて。特にダイチくんは、研究職に進みたかったけど、出来なかったもんね。知識を活かせる仕事に就けてよかった。
私がしみじみしていると、どうして、とフェナさんが言った。
「どうしてダイチさんは、研究職へ進めなかったのでしょうか」
「あー……」
私は少し言いづらかった。
「そのですね……ほとんどの魔族って、人間より長生きなんです。短命種の魔族もいるけど」
「はい」
「なのでその分、スロースターターなんですよね」
例えるなら、犬は一年で大人になるけど、人間は大人になるまで二十年かかる。魔族なら二百年ぐらいかかる。その寿命の違いで、魔族と人間の脳の違いが生まれている。
魔族が百年でようやく進んだ進歩も、人間なら十年で達成出来る。そんな差だ。
その分、魔族は沢山の知識を詰め込むことが出来るし、ある日人間には絶対に思いつかない発明をする。ただ、短期間で評価すれば、人間の思考能力には勝てないのだ。
「その分、画期的すぎてその時は理解されなくても、後のヒトに理解されて、大きな賞を貰えたりします。人間はどうしても、生きているうちに評価されないことが多いから、優先的に研究職のポストが回されるんです」
だから、魔族で研究者や学者になるのは、あまりに難しい。
本来ならもっと魔族の研究職を増やして、魔族だけの学校や学会を作るべきなんだけど、肝心のなり手が増えないから困っている。
「今ソラ……ダイチくんの従兄弟は、それを政治家の立場からなんとかしようと考えてて。その要請を受けたシーナサップ王が、人間の貴族しか入れなかった王立を全ての国民に開けるようにして、魔族の子どもたちも受け入れたんですけど……今度は、混乱が生まれていますね」
勿論、この混乱は想定されていたものだ。この混乱を乗り越えなければ、いつまでも上手くいかない。
ただ、その混乱に巻き込まれた当事者は、とても辛いだろう。
評価する側には人間族しかおらず、合わないものを合わない方法で身につけさせられ、無能扱いされる。それは、私が【黒い森】を出てひしひしと感じたことだった。自分の得意分野である知識は必要とされてなくて、実務的なことはてんでダメな私は、しょっちゅう「使えない子ども」と言われたものだ。
それはそれで、いい経験だったと思う。今まで落ちこぼれたことがなかった私にとっては、「できない」ことを押し付けられる苦痛というのを、理解出来ていなかった。
ただ、死ぬほど辛い。
同じ想いをしているヒトは、たくさんいるんだろう。
「研究職を目指す魔族たちは、そんな諦めがずっとあります。そんな中、ダイチくんは、魔族もやればできるんだ、人間にも負けないようにって、すごく頑張っていました。与えられたタスクはすぐにこなしたし、人間の三倍は頑張っていました。……でも、ダメだったんです」
それはダイチくんの能力の問題なのか、それを評価する人間の問題なのか。
優先的にポストを回さなければ、数が少なく寿命が短い魔族領に住む
でも、それを「ズルい」と思ったり、悔しい思いをしている魔族は、少なくないだろう。
「……そう、なんですね」
フェナさんは何か考え込むようにしていた。
「だから、ダイチくんが人間界で醸造の会社を作ったって聞いて、本当に嬉しかったです。学んだことは無駄にはならないって、励ましてもらったみたいで」
私も結局、研究職に就くのは諦めた。競争がとことん向かない性格だと自覚している。
ダイチくんみたいに商才はないし、人に自慢できるような功績もないけれど、それでもユリアやモクムの皆と一緒に過ごすのは楽しい。
私がそう言うと、そうなんですね、とフェナさんは硬い声で返事をした。
「……フェナさん?」
さっきから変だと思っていたけど、今は明らかに様子がおかしい。
フェナさんの目は虚ろだった。けれど、私の探るような態度を見て、すぐに微笑んだ。
「ドレス、何にされますか?」
「え? あー……あまり、露出が少ないものって、出来ますか? 胸とか、肩とか」
私がそう言うと、まあ! とフェナさんは目を丸くする。
「そんな綺麗なお肌をしているのに、晒さないなんて勿体ないですよ! それに夜会で肌を隠すのはマナー違反です!」
「え、ええー……今、冬なのに、着込まないと風邪をひくんじゃ、」
「大丈夫です! うちはとっても暖かいので! どうしても寒かったら、ストールを羽織ってください!」
確かに、すごく暖かいけれど。
「じゃあ、膝丈までの、」
「足は隠さないとダメです!」
顔を赤くして、フェナさんにダメ出しされる。
なんで胸はよくて、足がダメなんだろう、人間領。魔族領だと普通なんだけどなあ。
「…………お任せします」
私がそう言うと、わかりました、とフェナさんが頷いた。そして、ふ、と力が抜けたように笑う。
「やっぱり、あまりドレスに興味はありませんか?」
「え?」
「とても苦痛だという顔をされています」
そんなに?
私は思わず顔に手を当てる。
「ち、違いますよ!? ドレスにはとっても興味があります! 着てみたいとも思うし! でも!」
「でも?」
「……きっと、嫌がるヒトがいるから」
私の言葉に、フェナさんは目を見開いた。
私は曖昧に笑って、付け足した。
「それから、ドレスの色は青色以外でお願いします」
「お好きなのに?」
フェナさんのヘーゼルの瞳に、私が映る。
そこには、青色のジャケットとワンピースを着た私がいる。
「……好きな色だから、見られたくないんです」
そう言うのが、精一杯だった。
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