ユリア視点 敵の正体
「ぶひゃん!」
ジーク様が、盛大なくしゃみをした。
「風邪かい?」
「いや……これはきっと、俺を噂している女性がいるんだな……」
フ、と鼻の下をさすりながら微笑むジーク様。
師匠が悪口を言っているのでは……と思ったが、余計なことなので黙っておいた。
基本ヒトに優しい師匠だけど、お父様であるジーク様には当たりが強い。ジーク様は女好きで、それを一切隠さないから、娘として複雑なんだろう。気持ちはわからなくは無いけれど、もう少し優しくしてあげて欲しい。本人はまるで気にしてないけど……。
「それより、教えてください。敵の本拠地って何ですか? 師匠は一体、何に巻き込まれているのですか?」
「あ、や、それはだなー」
目を泳がせながら言うジーク様に、マーサさんが逞しい腕を組みながら言った。
「公にしちゃいけないことだってのはわかるよ。けど、そこまで吐いちゃったんだから、観念してユリアには言った方がいいんじゃないかね」
私は家に戻っておくから。そう言うマーサさんに、「……そうだな」とジーク様は言った。
「よし、マーサ、ユリア。この事は絶対に外に漏らすなよ。魔族と人間の共存宣言が撤廃されるかもしれないからな」
カウンター席に座るジーク様の鋭い目は、隣にいる私を真っ直ぐ射抜いた。
……うすうす、そんなことじゃないかと気づいていた。けれど、いざ言葉にされると、秘密を知る重みに押しつぶされそうだった。
震えないように、はい、と答えると、よし、とジーク様がうなずく。
「先に結論を言うとだな。王都では今、麻薬が蔓延しているんだ」
「そりゃそうだろうね」
マーサさんがうなずいた。
「都だ港町だなんてデカい街なら、割と普通のことだろ。モクムのコーヒーショップや、
もちろん、ほとんどが違法だけど。
マーサさんの言葉に、そうだな、とジーク様がうなずく。
「だが問題は、その流出している麻薬の一つが、【黒い森】の中でも極秘のレシピだということだ」
「……なんだって?」
マーサさんが眉をひそめる。
「そもそもほとんどの麻薬は、ポルダー連合国だった時代、他国を無力化するために魔族側が開発、流出させたんだ」
あんまり大きな声で言えねえけどな、とジーク様が言う。
「ところが、魔族との戦争、マリアンヌ帝国からの独立なんかを挟んで、鎮痛剤として使われてたモンを過剰摂取した軍人が、麻薬中毒になっちまう。
今王都で麻薬が使用してるのも、ゴロツキや貧民層より軍人だ。麻薬中毒になると定期的に摂取するだけじゃなく、どんどん別の麻薬に手を伸ばすことになる。そこを商人はつけ込んだ。その中の一つが」
「レッドシールド家、ですか」
私の言葉に、そうだ、とジーク様は言った。
「LSDなどの向精神薬を含む麻薬の種類は様々だ。だが、薬の元になるモノを栽培しているのは、貧しい村だ。
例えばLSDは、質の悪いライ麦しか育てられない村で繁殖させた麦角菌を使っている。彼らにとっては、貴重な安定収入だ。下手に潰したら、武力蜂起や内乱になりかねん。違法薬物を撤去できないのがポルダー含む、今の大陸の事情だ」
私は、唇を噛み締めた。
「……どうして、そんなものを」
そんなものがなかったら、そもそもこんなことにはならないのに。
「……実はな。そのレシピを作ったのが、モルゲン――アサなんだよ」
「……え?」
「勿論、アイツは麻薬で儲けようと考えたわけじゃない。麻薬は本来、麻酔や抗精神病薬に使うためのものだ。アイツは……」
そう言って、ジーク様は悲しそうに目を細めた。
「……アイツはただ、ヒトを助けたかっただけなんだ。
勇者の旅をしてた時、アイツこう言ったんだ。『皆、平和を知らない』って。
相手が武器を持ってなくても、魔法で殺されるかもしれない。病気を流行らせるかもしれない。殴られなくても、いつ殴られるかわからない恐怖に犯されているって。
それは無知だとか、教育だけの問題じゃなくて、自分じゃどうにもならん精神病を患っているものも多いだろう……ってな。
だから、薬を作る菌を作ろうとしたんだ」
だが、とジーク様は言った。
「アイツが見つけたレシピを発表するには、法律と利用するヒトの心が追いついていない。だからアイツは、封印するしかなかったのさ。
科学って言うのは、善意で研究したことを、必ず犯罪や軍事に使われるんだ。学者は、責任をずっと背負わにゃならん」
「……」
「まあそもそも、理論上は可能ってだけで、ほとんど無理なことでもあったからな」
「無理?」
「アサが考えたヤツじゃ、コストが見合わねぇんだとよ。その辺りは俺はシロウトだから、フワッとしか理解できねぇんだが……どうやら、アサの研究を勝手に使ったヤツは、そのコストをクリアしちまったらしい」
なんたって、ビールやパンを作るみたいに、放っておけばどんな薬も――麻薬も作れる酵母の作り方、だとよ。
その言葉に、私はあんぐりと口を開けた。
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