第24話 パーティーへ潜入せよ②
ちょろちょろと、池の真ん中にある彫刻の口から、水が流れる。
王都から少し離れた、エングランドとマリアンヌを混ぜたような建物は、左端に
入口を入ってすぐにあるホールは本当に広く、たくさんの使用人の方々が忙しなく動いている。それでも、ホールが埋まることは無い。
あちこちには絵画が掛けられており、よく目立つ場所には、レイピアと短剣を持った『光の聖女』の彫刻があった。
ドレスに着替えるために、フェナさんのお部屋に案内されたけど、そこもとても広い。
「……さすが、大陸一の財閥、レッドシールド家ですね」
なんて言うと、
「小さい家なので、お客様をあまり呼べないのがお恥ずかしいです」
と、頬を染めてフェナさんが言った。フェナさん曰く、本来は一人用の家らしい。スケールが違いすぎる。
「本来の
うん、十分じゃないかな?
我が家でそんなホームパーティー、開いたことないけど。
そして、
「増築しようかと考えているのですが、ダイチさんが『子どもが出来てからでいいだろう』って」
その言葉に、私はドキリとした。
フェナさんとの出会いは、『子どもができない』ことを先生に相談したのがきっかけだった。
あの後どうなったのか、なんて聞けるわけがない。兄同然のヒトの夜の生活なんて知りたくない。
ただ、フェナさんが思い詰めているような顔をしているのが、少し気になった。
「……あの、フェナさん」
「ねえ、アサさん」
声をかけようとした時、『モルゲン』ではなく、ミドルネームの方でフェナさんは私を呼んだ。
「アサさんは、生徒のためにいらしたのですよね」
フェナさんの言葉に、私はええ、と答える。
リュカのお父さんとコンタクトをとる。そのために、ダイチくんが開催する今日のパーティーに、無理言って飛び入り参加させてもらったのだ。
「なぜ、自分の子どもでもないのに、そのようなことをされるのですか?」
……なぜ?
目を丸くする私に、フェナさんが、「私、少しだけ先生をやった事があるんです」と言った。
そうなのですか、と私が言うと、さらにフェナさんが沈んだ顔をした。
「小さな公立学校だったんですけど、とても大変な毎日でした。『女子は子どもの扱いが上手いだろ』って押し付けられても、どうすればいいのかわからなくて。……正直、子どもがかわいいとは、思えないんです」
「……」
「サロンの皆様は、みんな口を揃えて、『子どもを産んだらわかる』『自分の子どもならかわいく思える』っておっしゃいます。けれど、アサさんはよその子どもを気にかけていらっしゃいます。……どうして?」
そう尋ねられて、私は少し考えた。
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別に私は、生徒をかわいいとは思ってない。
生徒は生徒だ。しかも、一ヶ月だけの教室だ。私が去っても、あとのことは先生がどうにかしてくれるだろう。我ながら気楽なものだと思う。
だけど、彼らには逃げ場がない。
親に、自分より強い生徒に、麻薬を盛られるかもしれない。暴力を振られ、支配されるかもしれない。反抗したら、相手の親の圧力で、家を潰されるかもしれない。
自分の親は親で、余裕が無いことがわかるから頼れない。先生はさらに頼れない。だから黙るしかない。弱音や不安を打ち明けても、それを許してくれるヒトなどいない。むしろ弱さを責めたてるだろう。
そんな中でリュカは、同じ境遇の子どもたちを守っていた。支配されないように。あるいは、自分の心の傷から逃げるために、麻薬に手を伸ばさないように。
素人の私が何とか授業を進行出来たのも、リュカがルークやジョージの悪ふざけをそれとなく食い止めたり、沈黙を作らないよう合いの手を入れてくれたからだ。私が教室から去ったら、いよいよ仲間を守れないとわかって、頑張っていたのだろう。
申し訳ない。いかに無責任な私でも、自分ができないから子どもにまとめ役を任せるとか、大人の仕事を押し付ける自分の未熟さを恥じるばかりだ。
だからこそ、リュカに『先生』と呼ばれた時、私はここで逃げちゃいけないと腹を括った。
『俺さ、転校するんだ。エングランドのパブリックスクールの方に』
親父がアレなヒトでさ、貧民や魔族と交わるのは害悪だって言うんだよー、ホント困ったヒトだよ。
口数は多いのに、肝心なことは秘密主義。ヘラヘラ笑いながら、それでも声変わりしていない声は震えていた。
『だからさ、俺が去った後も、ここにいてくれないかな。
アイツら珍しく、先生のこと、気に入ってるみたいだし……』
父親に勝てないリュカは、それでも自分の主導権を握り続けていた。
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リュカの顔を思い出して、より一層自分に気合いを入れる。
「私だって別に、子どもが好きでも、得意でもないです。でも、子どもは守られなきゃいけない存在だから、何がなんでも大人は頑張るしかないって思います」
フェナさんは理解できないような顔をしていた。
うん。難しいかもしれない。これは、そう教育を受けた者と、そうではない者の差だろう。人間領において、子どもとは『小さな大人』で、未熟な分尊重されることもなく、かと言って庇護されることもない。
どうしたら実感として理解してくれるかな、と考えて、私はとりあえず口にしてみた。
「あと、自分と血を分けた子じゃないから、愛情を注げない、とは思ってないです。そうだと、私が困りますし」
私の言葉に、フェナさんが首を傾げる。
「私、母とは血が繋がってますけど、父とは繋がってないんです」
私の言葉に、フェナさんが息を呑んだ。
……死別とか、離婚後再婚、みたいなことを考えてるのかな。全然違うのだけど、説明するのには良心が痛む。
真相はこう。
母が妊婦の時に、行き倒れていた父を拾った。帰る場所がない父は、そのまま母の家に居着いたらしい。
その時父は、ベロンベロンに酔ってる上、付き合っていた女性に刺されて倒れていたとか。嫌すぎる。
そして母、実は複数人の男性と合意のもとお付き合いをしている。私がその誰かの子どもなのは間違いないんだけど、どれも能力的に父親になれなさそうなので、一番まともにやれる父に私の親権を一任したそうだ。なんだそれ。
ただ、母の目は確かだったようで。
「父は母以上に、つきっきりで面倒を見てくれました。血の繋がりとか、あんまり関係ないんじゃないかって、個人的に思ってます」
「……お母様は?」
「……えーと、母は、家庭的なヒトじゃないんです」
というか、社会規範とかそう言うのが無茶苦茶向いてない。「母が複数人の男性と関係を持って~」なんて正直に話したら、「貞淑な女性」と育てられたフェナさんが、カルチャーショックで壊れちゃう。
「でも母は、私が安全であるよう、健康的であるように手を尽くしてくれました。
それが私にとってとても良い事だったから、私も子どもたちに、何かをしたくなるんだと思います」
殴られたり、暴言を吐かれないこと。労働力と見なされないこと。性的対象に見られないこと。ご飯をくれること。健康を気にかけてくれること。
感情が波立った時、抑え込まないで、受け入れてくれたこと。
……それがとても幸せだと思ったから、自分より若い子たちに与えたいと思えるのだろう。
全ての子たちには、安全で、健康的で、幸せであって欲しい。その思いは、両親がしてくれたことを覚えているからだと思う。
伝わるように、なんとか言葉を繋いでみると、フェナさんは納得したように微笑んだ。
「ご両親のことを、尊敬されているのですね」
「…………いや、尊敬は……微妙かな……」
背景色々省いたら、そっちに着地したかー。
いや、好きか嫌いかで言ったら好きだけどさ。ロールモデルにはしたくないなー。
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