第23話 パーティーへ潜入せよ①
麦角菌。
主にライ麦などのイネ科植物につく子嚢菌で、黒い角のような、あるいは爪のような子嚢(胞子を詰めた袋)を作る。
その毒性は極めて高く、幻覚症状が起きるだけじゃなく、循環系にも影響を及ぼし、重症になると手足が炭のように黒くなって崩れ落ちる。長い歴史においてライ麦を主食とする大陸全土を脅かした、恐ろしい真菌だ。
そして、その麦角菌の幻覚症状を理解し、麦粥に混ぜていたのが、【黒い森】などで主に信仰されていた女神ヘカテの神官だった。
ある時は人間を破滅させ、ある時は人間の精神を癒した。ヘカテが司る『狂気』は、この麦角菌の幻覚症状だったらしい。
別世界から渡ってきた私たちのご先祖さまは、異世界の知識で、麦角アルカロイドに含まれるリゼルグ酸を誘導してLSDを作った。
LSDの恐ろしさは、極めて微量で効果を持つことだ。おまけに無味無臭で、食べ物に混ぜてしまえばわからない。
人間と魔族が共存していたポルダー連合国の時代、【黒い森】の魔族たちは、この幻覚剤を仕込み流通させることで、他国を侵略し、ポルダー連合国に勝利をもたらした。
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ガタンガタン。
揺れる馬車の窓にひじをつけながら、私は街の風景を眺めていた。
下水道から発見された麻薬は、LSDだけではなかった。コカイン、メタンフェタミン、アンフェタミン……様々な麻薬成分が、排泄物から見つかっている。
麻薬の流れを辿るのは、さほど難しくなかった。というか、予想通りだった。
魔族との戦争でPTSDを発症した軍人が、その苦痛から逃れるために服用していたのだ。そして、服用者はそれを妻や息子に飲ませる。さらに息子は、自分より弱い立場の生徒に脅迫し、麻薬を飲ませて……そんな支配の繰り返しだ。
親しい人間によって、ある時は食事のように盛られ、ある時は「いい薬だよ」と騙されて飲まされ、ある時は「俺に従え」と強制的に飲ませる。
よくある麻薬の流通だ。だからこそ、腹が立つ。
麻薬は、弱いものにたかっていく。モクムより男尊女卑の風潮が強い王都では、妻は夫に逆らえない。従順な女が、よりよい結婚ができるとされるから。子どもは親の言う通りに生きなければならない。人間領の子どもは親の成績表であり、家のための部品だからだ。
学園の教師は、麻薬の流通に気づいているものの、爵位や地位が上の保護者には歯向かうことが出来ないのだろう。よって、隠蔽する他ない。ほかの生徒が食い物にされていても、見て見ぬふりをするしかないのだ。
そういう逆らえない仕組みを利用して、麻薬を蔓延させ、金儲けしているやつらがいる。
「この世はポイズン!!」
「モルゲンさん!?」
叫ばずにはいられない。例え、同乗者から変な目で見られたとしても。
とはいえ、パチパチとフェナさんに見つめられるのは、流石に恥ずかしかった。
「ご、ごめんなさい。驚かせてしまって」
「い、いえ……子どもの相手は、疲れますものね」
フェナさんはそう言って微笑んだ。
私は子どもの相手が疲れると思ったことは無いんだけど、どうやらそんなふうに思う人は少なくないみたい。ええまあ、とあいまいにうなずく。
子どもの相手が疲れるって、なんだろう。自分も子ども時代を過ごしただろうに、まるで別の生き物を扱うように言うのは、なぜだろう。
「それより、ありがとうございます。家を貸してくれるだけじゃなくて、今回のパーティに参加させてくださるなんて」
「いいえ! むしろ、ずっと参加して欲しいと思っていたんです」
両手の指を絡ませて、フェナさんは頬を紅潮させた。
「でも、驚きました。モルゲンさんの髪色と瞳の色が変わっていたんですもの」
「あはは。元々の色は黒でして。……あ、私のことは『アサ』と呼んでいただけると」
「わかっています。ダイチさんから、事情はうかがいました」
素晴らしいですわ、とフェナさんは言った。
「人間と魔族の共存のために、勇者アルトゥールと各地を旅したと。王都の下水道も、モルゲンさんのおかげだとお聞きしました」
下水道を設備出来たのは、王様と先生、お金を出してくれた聖光教会のおかげだけどね。
納豆菌による浄水の研究をしたのも私では無いし、私のおかげだと言われるのはちょっと罪悪感。
「……そんな有能な方が、どうして功績を認められず、存在を隠さなければならないのか、理解できません」
フェナさんの頬に、前髪の影が落ちる。
「……フェナさん?」
私が話しかけた時、馬車が止まった。
どうやら、フェナさんの家に着いたらしい。
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