ユリア視点 『カフェ・アドヴィナ』にて②

「ったた……久しぶりに三途の川渡りかけたぜ……」


 そう言ってジーク様は、みぞおちを抑えていた。

 ジーク様は白銀の髪に赤い瞳を持つお方で、長髪ではあるものの、女性とは間違えられない体格と顔つきをしている。ただ、マーサさんと並ぶと体格はさほど大きくは無い。

 不機嫌そうに見える目つきと、エラばった頬。その横顔は、雪国に住むオオカミを思わせるような、スキのなさを気高さを感じさせた。

 ――と私が語ると、頭の中で師匠が、「そんなカッコイイヒトじゃないよあのヒト!? ただの女たらしで大酒飲みのイカレ野郎だからね!?」と叫ぶのだが。

 すまないね、とマーサさんが申し訳なく言う。


「女の子が集まって来るお店ってだけで、ナンパするために無理やり押しかけてくる男どもがいるから、強めに追い出さないといけなくて」

「気にすんな。モクムの男どもの性犯罪率は、犯罪心理学者がよーくわかってる」


 ナイスファイト、と親指を立てつつ、ゴフッと何がが口から漏れている。

 黙っていると怖いと形容されるジーク様だが、リアクションは大きく、人懐っこい態度は師匠を思い出した。

 

「いやー、でもさすがだわ。一瞬でも俺をダウンさせるなんて、魔族とマーサと頭に刺さった銃弾と弓矢ぐらいじゃね?」

「今までどんな修羅場をくぐってらしたんですか?」


 師匠から話は聞いていたけれど、思った以上に危険な目に遭ってた。


「あ、マーサ、酒とかない?」

「怪我させた身として言うのもなんだけど、怪我している時に酒飲むのはやめな。炎症起こすから」


 コーヒー淹れてあげるから、とマーサさんがコーヒーを淹れ始めた。

 作業をしながら、マーサさんは話す。


「で、一体どうしたんだい? ユリアの名前を叫んでいたけど」

「っと、そうだ! ユリア、モルゲンはどこにいるんだ!? お前ら二人とも店にいなかったから、街中探したぞ!」

「え、名前を大声で呼びながら街中駆け回っていたのですか?」


 すごく恥ずかしいからやめて欲しい。


「師匠は今、王都です」

「ハ――!? このタイミングで――!?」


 つんざくような叫び声で、耳が痛い。

 精魂つきたように、ジーク様はグッタリとカウンターの天板によりかかる。


「嘘だろ……ここに来てニアミスだと……通信水晶ケータイに掛けても出ねーし……」


 そこまでして、師匠に急ぎの用事があるのだろうか。

 私が尋ねると、白銀の髪をかきむしって、ジーク様は目を泳がせた。


「悪い。機密事項だから話せられねぇんだ。ただ、無茶苦茶急ぎの用」

「……でしたら、私が電話しましょうか? 連絡先を知っていますので」

「本当か!?」


 はい、と私は答えた。


「この間お知り合いになった方に、アパートメントの手配などをしてもらったそうです。

 その方に連絡すれば、確実に師匠に繋がるかと」

「へえ! 住居不足の王都で、すぐアパートメントを借りられるとか、手配したやつはよっぽどの金持ちなんだな」


 ジーク様の言葉に、はい、と私は頷いた。

 同時に、マーサさんが「出来たよ」とティーカップを置く。


「なんでも、その方はダイチ様の奥様で、レッドシールド家の方だそうで」


 私がそう言うと、ジーク様は赤い目を見開いた。


「…………レッドシールド家?」

「はい」


 レッドシールド家は、この国だけでなく、大陸やお向かいのエングランド連合王国まで及ぶ実業家だ。

 師匠のお知り合いであるフェナ・レッドシールド様は、ご両親の反対を押し切って魔王ソラ様の従兄弟であるダイチ様の元へ嫁がれたものの、レッドシールド家の事業や資産を一部受け継いだらしく、師匠はその一つのアパートメントにお世話になっているらしい。

 そこまで説明すると、なぜかジーク様は黙り込んだ。

 一旦注がれたコーヒーを飲み干し、スウ、と息を吸い込んで、ジーク様は叫んだ。


「アイツ敵の本拠地にいるじゃねーか!!」


「……え?」


 今、聞き逃せない単語が出てきたのですが。

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