第20話 彼の中に私の席は無い

「そんなわけで、授業が今のところ楽しく進んでいるのも、私の技量ではなくて知性ある生徒たちのおかげなのです」

「楽しいんだ」


 すごく楽しい。

 正直引き継ぎとか面倒だと思ったのに、先生そこの辺り完璧に記録してくれてた。

 あと生徒の人数が五人程度なのも助かった。私一人じゃ、四十人なんて数は無理だ。一人だと物静かで聞き分けが良くても、複数でいると無茶苦茶暴れる、というのはよくある。教える技術というより、よっぽど心理学に長けているヒトじゃないと無理。

 どちらかと言えば、大変なのは事務仕事とか校務分掌とか、職員会議によるスケジュール把握とかだ。先生が帰ってきた時に、困らないようにしたいし。

 そう言うと、アルトゥールくんは首を傾げた。


「一人ということは、ユリアは来ていないのかい?」

「ユリアは店番してくれてるよ。培養している菌の面倒を見てくれてる」


 本当は滅多にモクムから離れないユリアに、新しいものを見せたかったんだけどなあ。断られてしまった。

 でも、こんな事件があったなら、連れて来なくて正解だ。



「……で、さっきのバラバラ殺人に戻るんだけど」



 私は、さっきから気になっていることを指摘した。


「川に浮かんでいたんだよね? つまり、重しをしたわけでも、樽とかに入れた訳でも無く」

「ああ」

「……犯人は、バラバラにする手間暇はかけておきながら、どうして見つかるようなことしたのかな」


「何ってそりゃ」エドワードくんが口を開いた。


「快楽殺人者じゃねーのか? バラバラなんて残虐なことするぐらいなら。

 新聞の見出しも、"快楽殺人者"って書いてあったし」

「うん、そうかもしれないけど……」


 快楽殺人者にしては、不謹慎な言い回しだけど――が足りない気がするのだ。

 例えば、何らかの犯行声明を置いておくとか。もっと目立つ場所、それこそ王都のど真ん中に置くとか。

 勿論、快楽殺人者にも色々あるので、他者に誇示するより個人で楽しみたいタイプもいるだろう。その場合、殺す瞬間に性的に興奮するとか、死体と性交するとか、異常な性欲を持っているわけだけど。


 もし。

 もしかしたら、『快楽殺人者の仕業』と思わせたい誰かの仕業だったりしないだろうか。

 例えば、本当はある部分だけ切り落とせばよかったけれど、その重要性を悟られないようにするために他の部分も切断した、とか。


 ……いや。

 私は頭の中にある考えを振り落とすために、頭を振る。

 憶測だけで、捜査を混乱させるわけには行かない。


「私は専門家じゃないから、なんとも言えないけど、私の父なら何かわかるかも。犯罪心理を研究しているから」


 私がそう言うと、なぜか一斉に全員がそっぽを向いた。

 アレ?


「……あのね、アサ。私たち、捜査権がないのよね。重要な警備もほとんどしない」

「は?」


 え、王立ポルダー保安隊だよね?

 たしかに最近、【黒い森】みたいに警察が事件の捜査に当たるようになったらしいけど、それでも保安隊は捜査権と警備の任務を担っているんじゃなかったっけ。


「俺らはまあ、見ての通り、弾かれ者なんだ」


 エドワードくんが、困ったように言う。


「俺ら個人が、ほかの部隊や警察にヘルプで呼ばれることはあるんだが……それも、終わったらとっとと追い払われる始末」

「出来ることと言ったら、王都の、とっても治安の悪いところを見回るぐらいで……」

「すまない、皆……俺に権力がないせいで……」


 しゅん、とアルトゥールくんが顔を俯かせる。 


「えええ……」


 なんで人材余らせるようなことしてんの、王様。どうみても優秀な隊員じゃないか。アルトゥールくんなんて勇者なのに。


「で、でも! 警察に、話のわかるヒトがいるから、そのヒトにそれとなく言ってみるね!」


 こぶしを丸めて、ヒナさんが言う。

 うーん。うちの父親まで、伝わるかなあ。モクムなら普通だけど、王都の警察がわざわざ【黒い森】の専門家に助けを呼ぶとは思えない。これは私から繋いだ方が早いかもしれないな。


「あ、そうだ!」


 苦し紛れというか、テンションを上げてリンちゃんが言った。


「この後予定がないならさ、せっかくだし、一緒にご飯食べない?」

「え?」

「王都に来た歓迎会、みたいな! 私、アサともっと話がしたいし」


 それは、とても心躍る提案だけど、急な話で迷惑じゃないだろうか。アルトゥールくんも目覚めたし、もう帰るつもりだったんだけど。

 リンちゃんが言うと、「私も!」とヒナさんが言う。そして、アルトゥールくんに向き合った。


「いいよね、アルトゥールくん」

「……ああ、勿論」


 ……アルトゥールくんが、そう言うなら。


 












 外に出ると、夜空に雪が降っていた。昼間は暖かくて脱いでいたコートもちゃんと着込んで、マフラーもしっかり巻く。

 墨のような夜空を白く染めながら、黒い運河に溶けていく雪を見つめながら、私はため息を着く。

 まるでタバコを吸ったみたいに、白い息がすう、と伸びていった。


「ありがとね、エドワードくん。送ってくれて」


 私がそう言うと、別に、と車道側を歩いていたエドワードくんが答える。


「これが仕事だし。……悪いな」

「へ?」

「本当は、もっとトゥールと話したかったんじゃねーの」


 その言葉に、ちょっとだけドキッとする。


「リンも悪いヤツじゃねーんだけど、つい盛り上がると仕切っちまう。決してアンタを蔑ろにしたわけじゃないんだ」

「あ、ううん! 無茶苦茶楽しかったよ!?」


 これは本当だ。

 私には同年代の友だちが少ないから、リンちゃんみたいに社交的でグイグイ来てくれる子は大歓迎だ。

 それに、リンちゃんもヒナさんも、私や【黒い森】について興味津々で、聞き上手だったから、私もとても楽しかった。

 ……ただ。


 私は、マフラーを口元まで持っていって言った。


「女の子に対して、『俺』、なんて砕けた言葉を使うアルトゥールくん、初めて見た」


 それが、結構気になっていたのだ。


「……あー」


 エドワードくんが、納得するように言った。

 穏やかな態度なのは変わらないので分かりづらいけど、私とリンちゃんたちとじゃ、口調が違っていたのだ。

 拒絶……とまではいかないけれど、居心地の悪さを感じていた。今まであったことがなかったリンちゃんたちからは、そんな空気は感じなかったのに、アルトゥールくんだけがだった。


「あいつ、リンとヒナに対しては、女って言うより仲間として見てるから」

「……そう、なんだ」


 ズキリ、と痛む。

 エドワードくんは、私が勇者の旅について行ったことを知らない。

 だから、同じ仲間だった私には、そんな言葉を使ったことがないことを知らない。

 確かにエレインにはもっと砕けた態度をとっていたけれど、アルトゥールくんにとってエレインはお姉さんみたいな存在だったし、育て親である先生に対してもそんな感じだった。

 私だけが後から入ってきたし、そんなものだろうな、って思っていたけれど。……そうじゃなかったみたいだ。


「あ、この辺でいいよ。私の借りている家、あそこなんだ」


 私がレンガ造りのアパートメントを指さすと、「おう」とエドワードくんが返す。

 軽くお礼を言って、借りている部屋のドアをパタン、と閉めて、……私は、その場に崩れ落ちた。


 コートの上に、まるで雪解けの泥みたいな涙が落ちてくる。


「……あー」


 顔を上げると、涙が目を刺激して、さらにボロボロこぼれていく。


 もう、勇者のアルトゥールくんは、どこにもいない。

 あそこにいたのは、『王立ポルダー保安隊部隊長』のアルトゥールくん。私の知らないアルトゥールくんなんだ。


「ホントに、遠い過去になっちゃった」


 ずっとずっと、彼を待っていた。

 私は王都に行けないから。だから彼が会いに来てくれるまで、待っていた。――そんなのは、詭弁だったと、『光の聖女のモルゲン』ではなく、何も持たない『アサ・ヒナタ』になって思う。

 単に私は、見たくないだけだった。

 彼が、新しい生活をしていること。旅は、もう終わってしまっていること。

 もう彼が言う『仲間』には、私は入っていないこと。


「ずっとどこまでも、一緒に行けるって思ったんだけどなあ……」


 言葉にする度、頭は自分が泣いていることを自覚していく。

 いよいよ嗚咽が止まらなくなって、呼吸が出来なくなるほど苦しくなって、……そこでようやく思い出した。


『あれ? まだ三年?』


 アルトゥールくんと再会した時、そう思ったのは、お店が忙しかったからじゃない。

 こんなふうに、私は寂しくて、死んでしまうんじゃないかって思うぐらいすごく寂しくて、

 ――三年という時間が、すごく長く感じていたことを。


 私は心が壊れないように、寂しさを封印していただけだった。


 

 

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