第19話 王都に来た理由
「こっちが、リン・クァン。女性で初めて王立ポルダー保安隊の試験を突破した」
「はあい! 改めて、よろしくね、アサ」
元気はつらつ、という言葉がよく似合いそうな妙齢の女性が、私に手を振る。
リンちゃんは私と同じストレートの黒髪をポニーテールにしていた。それも、天使の輪っかが出来るぐらいツヤツヤの髪だ。肌の血色も良くて、うっすらと頬がピンクがかっている。パッチリと開かれたアンバー色の瞳は、エレインを一瞬だけ連想させたけど、こんなに元気いっぱいのツヤツヤではないな、と思い出した。
――頭の中で、「色々失礼だな」とエレインがつぶやいた。
丸みを帯びた曲線と、真っ直ぐ堂々とした立ち姿は、リリス首相を思い出した。歩き方からして、体幹と足が鍛えられているのがわかる。
「こっちが、エドワード・ヴォルフガング。人狼族だ」
「どーも」
アルトゥールくんと同じくらいの背の丈の男性が、気だるげに応対する。
オレンジ色の髪を、アルトゥールくんより短く切っていて、鍛えられた首や肩周りがアルトゥールくんより太い。鋭いグリーンの目の下には、四角の黒いタトゥーが入っている。
何よりインパクトが強いのは、凶暴な犬につけられるような口輪が、首から下げられていることだ。物語に出てくるアウトローな感じがして、近寄り難いと思うヒトもいるだろう。
けれどさっきまで私たちはお茶会をしていたので、私はエドワードくんが激甘党であることを知っている。好きな食べ物はドーナツらしい。甘党に悪いヒトはいない。
「最後に、ヒナ・ファン・ローウィックだ。男爵家の出身で、加護を持っている。僕が勧誘した」
「よろしくお願いします、アサさん」
軍人というよりは、良いところの令嬢と言った風で挨拶するヒナさんは、エドワードくんと並ぶと体がとても小さく見えた。いや、多分私もエドワードくんと並ぶとそんな感じだろうけど。
麦わら色の髪を二つに結っていて、その柔和な笑顔と透き通った声で警戒心をほぐすような接し方は、市民を安心させるんだろう。
アルトゥールくんたちは皆白い軍服を着ていて、仕事仲間という感じがした。
で、最後は私。
「アサ・ヒナタです。今はモクムで暮らしています。職業は雑貨店の店主です」
ぺこり、と頭を下げると、「あー!」とリンちゃんが声を上げる。
「やっぱり! 『アサ』や『ヒナタ』って名前といい、あなた、日本人でしょ!?」
その単語を聞いて、私は目を瞬かせた。
「うん、そうだけど、どこでその名前を……」
「私のひいひいひいひいお祖父さんが日本人で、【黒い森】から来たらしいの!」
今度は私が驚く番だった。
確かに黒い髪をしているなー、お揃いだー、って思ったけど、てっきり、東洋にあるシン国からの移民だと思っていた。まさかの同郷の子孫。
「日本人は挨拶する時頭を下げるって聞いたけど、本当にそうなのね!」
うわー、嬉しいなあ、とリンちゃんが私の手を取る。
「ヒナもね、日本人から名前がついたんだよね」
「え……」
「そうなの。私のお父さん、ジャポニズムが大好きで、主人公の名前から取ったんだって」
ヒナさんがはにかむ。
ジャポニズム、つまり、日本から来た文化のことだ。多分ここでは、漫画とか小説があてはまる。
本や新聞と言った文化を作ったのは、二百年前にやって来た、私たちのご先祖さまだった。
勇者との旅で、私は、ご先祖さまに繋がるようなヒトたちに会ったことがほとんどなかった。
【黒い森】に近いモクムならまだしも、王都から離れた田舎では、その歴史や痕跡はほとんど消えている。かろうじて、聖人伝説と融合したものが残っているぐらい。それに対して、私は特に興味を持たなかった。
でもこの二人は、ポルダー連合国時代に来た私のご先祖さまと関係が深いんだ。
言葉にならない何かが、じんわりと胸を温めていく。私はそのまま、弾んだ声で答えた。
「初めて、【黒い森】以外で自分とルーツを同じ持つヒトと会ったから、すっごく嬉しい!」
「え、じゃあ【黒い森】出身ってこと!? うわー、初めて見た、伝説の民!」
「伝説の民って……」
表現が大袈裟すぎる気が。
けれど二人のキラキラした目を見ると、確かにお話の中だけ聞いた存在に出会ったら、そんな感じなのかもしれない。私も、伝記で読んだあんなヒトやこんなヒトが出たら、テンション上がる。
「あ、でも一応内緒にしてくれるかな」
仮にも法律を遵守する王立ポルダー保安隊に、こんなことを頼むのはいけないと思いつつも、こっちにも事情がある。
それだ、とアルトゥールくんが言った。
「どうして君は、ここに来たんだい? まさか、バラバラ殺人と関係があったり――」
「バラバラ殺人?」
一瞬なんのことか分からなかったけど、すぐに新聞記事の見出しを思い出す。あと、今教えている子の忠告。
「ううん、そっちは関係ないんだけど……バラバラ殺人って、どれぐらいバラバラだったの? 被害者が特定できる程度?」
「いや、今はまだ。かろうじて、被害者が男性であるぐらいで。胴体がフォフスタッド川から見つかって、頭や腕、足は見つかってない」
「見つかったって……浮かんでたってこと?」
なんか変だな。
そう思いつつも、今はアルトゥールくんの質問に答えようと思った。
「実はね、先生から一ヶ月、自分の教え子の面倒を見て欲しいって頼まれたの」
「面倒? 一ヶ月も?」
「なんか、あるヒトを見舞いに行かないといけないんだけど、色々あって一ヶ月ぐらい時間が必要なんだって。それで、今預かっている教室の教師になって欲しいって言われて……」
そんなわけで、回想開始。
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その日、泣いても泣いても、私の涙は枯れなかった。
ようやく泣き止んだ時には、私の目元はパンパンに腫れていて、鼻はグズグズ、喉がめちゃくちゃ痛んだ。
『な、なんでこんなに泣いてるんだろう、私~……』
自分でも引くぐらい泣いていた。
戸惑う私に、先生が優しく言った。
『もしかしたら、モルゲンさんの中に、抑圧された想いがあったのかもしれませんね。フェナさんのように』
『抑圧~……?』
そんなもの私にあるかなあ? 自分が我慢するぐらいだったら社会を変えてやる、そんな私だ。
そう思ったけど、先生が言うならそうかもしれない。
経験則的に、先生って私の無自覚なところも理解してくれていることがある。ひとまず、覚えておこ。
温められたタオルで目を覆っていると、『抑圧で思い出しました』と先生が言った。
『私がここに来た理由なのですが、実はある方のお見舞いに行く予定だったのです』
『お見舞い?』
『ええ。……その方は、心を壊しておりまして』
思わずタオルを持ってた手を下ろす。
『長いこと眠っている方で、もういつ息を引き取られるかわからない方なのです。
少しでも、その方のそばにいたいと思いまして』
『……そうなんだ』
『ですがそうなると、一つ気がかりがあるのです』
モルゲンさん、と先生の穏やかな声が、私の中で、教会にあるパイプオルガンのように響いた。
『私の代わりに、王立フォフスタッド学園の講師をしてくれませんか』
『…………は?』
『実は、私が預かっているクラス、言うならば「ドロップアウト」生でして』
『
『ええ。学園からは見向きされておらず、期待も全くされていません。
さらに、少々憤りを持て余して、他の若い教師では手に負えないのです』
そう聞いて、私はハッと思い出した。――先生がここに来た時、世紀末覇者な格好をしていたことを。
『それは…………少々、他の方には手に負えない、かも?』
『ええ。ですから、あなたに頼みたいのです』
『それ私に手に負える?』
そもそも私、教員免許とってないんだけど。
そう言うと、『生徒の学力を伸ばす、教師としての力量を期待しているわけではないのです』と先生。
『彼らには、味方が必要です。
この世界には、助けてくれる大人がいること。
諦めず、見捨てない大人がいること。
その感覚を身につけさせて、私は彼らを世に出したいのです。そのためには、私以外の大人を知らなくてはならない』
『……』
『お願いです』
眼鏡の向こうにある青い瞳が、力強く私を見据えた。
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「……ってなわけです」
私が説明すると、アルトゥールくんは、「あの人らしい」と軽く笑った。その笑い方が、先生とよく似ている。
そう言えば、先生もここ数年で髪が白くなったなあ、と思い出す。顔のつくりが似ているわけじゃないけど、一緒に過ごしているせいか、ここ数年ますます親子っぽい。
「そんなわけで、今私は先生の代行として、エセ教師をやって三日目です」
「へえ、三日目なんだ。……というか、教員免許とってないんだ?」
「いや、私旅に出た時十歳だよ? とれるわけないじゃん」
「でも、教えるのは得意じゃないか」
思わず、重いため息が出た。
「それはね、アルトゥールくん。君を含めて、皆に知性があったからだよ」
それも子どもの話を真剣に聞いてくれる大人のみで、旅で出会った大概の大人たちは聞いてない。
『わー、こんなに小さいのに、頭いいわねえ』と朗らかに笑っておしまいだ。
これはどのヒトにも言えることだけど、自分と関係ないことは聞きたくないと思っている。自分と関係ないことは、聞く価値がないと思うからだ。
なので、「その現象は自分と関係がある」と少しでも思うには、それなりの知性が必要で、それを作るために本とか教育があるわけだけど……悲しいことに、どれだけ勉強しても、この知性を持てないやつがいる。すっごい偉い学者にもいる。悲しいことに。
逆に無学なヒトでも、この知性を持つ素晴らしいヒトもいるわけで。知性って、生まれ持ったセンスなのかもしれない。身も蓋もねえ。
それはともかく。
他者は、自分の思い通りに出来ないから他者なのだ。
その道理を踏みにじって行う行為が、教育という洗脳。
それはほとんど、先生とか聖光教会に任せていました、私。
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