ユリア視点 アルトゥールとモルゲンの関係考察①

 物心ついた時から、ヒトの心が読めた。

 読める、というのは語弊があるかもしれない。思考より、感情を感じ取れる、といった感じだ。

 喜怒哀楽、性欲、食欲、睡眠欲、好奇心。そういった言葉にならない思念が、花火のように光ったり鳴ったり、温度として伝わったりする。

 多分、エルフ族だから読める、ということではない。他のエルフたちは持っていなかったと思う。突然変異みたいなものなんだろう。

 それとも、褐色のエルフはそういう能力を持つのだろうか。

 この姿のエルフを、私は私以外見たことがない。

 なんにせよ私は、ヒトの悪意に敏感だった。


 悪意は闇じゃない。

 目障りなほど、チカチカと激しく光って見える。だから、どうしても目に付いてしまう。


 特に、人間族やエルフ族の悪意はしつこい。

 同族は、ほんの少しの差違が許せないらしくて。人間族は、自分とは違うモノが恐ろしいらしくて。

 褐色の肌というだけで遠巻きにされて、嫌われたり、傷つけられた。

 それはそれで、幼い心は傷つけられたけれど、そっちの方がわかりやすかったな、と今なら思う。


『うわ、ダークエルフの女じゃん。これぐらいでヤらせてくれっかな』

『ダークエルフの肌ってチョコレートみたいに甘いんだろ? 吸い付いてみたいな』


 今は、好意という皮の中に、性を滲ませた支配欲を抱く輩が群がってくる。

 異種族の女というだけで、ヒトをショーウィンドウの商品扱いする人間族の男。褐色は同族では無いから、どんな扱いをしてもいいと思っているエルフ族の男。

 誰がどう思っているのかわからない。誰かにぶつけられているのはわかるのに、犯人が分からない。


 ――犯人がわかっていても、声をあげられなかったことがある。街中でおしりを触られた時だ。

 ふざけるな、と声を上げようと思っても、何をされるのか怖くて、体がすくんでしまった。


 あの時、何を考えているかわからない、どんよりとした表情を浮かべた男の目には、ただ怯える私が映っていた。

 興奮しているならまだわかる。でも、興奮もしていない。あったから手を伸ばした、それだけと言わんばかりの態度。

 お店にある商品には触らないのに、目の前にうつる異種族の女には、何をしてもいいと思っている男なのだと、ゾッとした。


 全ての男性がそうだとは思わない。

 でも、男性からそうされるかもしれない、と思わなければ、街を歩くことも出来ない。不躾な視線をかわしながら、いつ襲われるかわからない恐怖を抱えて、街を歩くのが嫌になった。

 ……こんな奴らのために自分の自由を削られるのが、たまらなく悔しい。


 世の中が全部、師匠みたいな女性ばっかりになればいいのにと、そんな詮無いことを考える。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪




「ここは美術品を飾っている部屋でな。今、美術館として一般公開できないか話し合ってるんだ」


 ……なのに、どうしてこうなっているんだろう。

 私は今、人間の男性である陛下に、市役所案内を受けている。

 部屋の両端には炉棚らしきものがあって、その上に大きな宗教画が掛けられている。茶色の壁には歴代の王様や后様の絵が規則正しく並んでいて、上を見上げると、アーチ型になった白い天井に、いくつもの天井画が描かれていた。

 上を見ても横を見ても、豪華すぎる。豪華が私を襲ってきそう。なんで師匠今居ないんですか。いえ、後ろでは女性の秘書官が控えていたし、そもそもここは市役所だから、二人きりではないのだけど!




 ――師匠から『王様に会いに行くよー』と聞かされて、とても戸惑った。

 モクムは、身分の格差がない社会だ。貴族はいても、金を持っているかどうかで扱いが変わる。だから、商人の方が社会的に敬意を払われることも多い。

 けれどそれは、あくまでモクムの話であって、ポルダー王国の王様ともなれば、この着のみ着のままな格好は失礼にならないか、気になった。


「それでこの絵は……」

「あの、何か私にご用があったのではないですか」


 言葉遣いも、合っているのかわからない。失敗は怖いし、それが権力者、人間の男性なら、さらに怖い。いつもだったら、黙っていた。

 けれどつい口を開いてしまうのは、悪意が一切ないのがわかるのと、師匠のように和ませる空気を、この方が放っているからだ。


「ああ、そうだ。よくわかったな」

「いえ……」


 師匠を席から外すにしては、大分無理やりだった気が。どこからどう見ても、私と話をしたいからに見えた。


「師匠には、聞かれたくない話なのですよね?」

「おお!? そこまでわかるのか!?」

「一度もお会いしたことがない陛下が、師匠抜きで話されたいということは、陛下は私から師匠のことをお尋ねになりたいのだと思ったのですが」

「すごいなユリア殿は! 名探偵か!?」

「……それで、なんのご用でしょうか」


 陛下のオーバーリアクションに付き合うと、話がなかなか進みそうにない。

 ただ、毒気を抜かれたというか、さきほどまでの緊張はどこか行ってしまい、完璧に対師匠モードになってしまった。

 陛下は私と少し距離を縮め、内緒話をするように口元に右手を添えながら、声量を落として言った。


「……実は、アルトゥールとモルゲンの関係について、知りたくてな」

「はあ……」


 頭の中で、人当たりの良い笑顔をうかべる、アルトゥール様の顔が浮かぶ。

 なぜ陛下が、それを気にするんだろう。勇者と元聖女だからだろうか?

 そう思った時、ふと、廊下の壁に掛けられた絵を見つけた。



「……え」



 金の額縁で飾られた縦長の油絵には、前シーナサップ公――つまり、陛下のお父様が描かれていた。

 六十ぐらいの男性は、陛下と違ってキュロットと白タイツを履き、青い上着アビを羽織っている。

 その隣には、優しそうに微笑む美しい女性と、幼い男の子がいた。その顔を見て、私は息をのんだ。

 女性の方は、二十代後半だろうか。腰元を引き締め、床に落ちたスカートは漏斗型に膨らんでいる。台形に開かれた胸元には装飾的な胸当てがついていて、前開きになっているローブの縁や広がる袖には、ふんだんにレースが使われていた。

 何より、透き通るような白い肌に薔薇色の頬が、水色のドレスを引き立てている。


 そして真ん中に、五歳くらいの男の子。

 ……銀髪碧眼。顔は幼いけれど、間違いない。アルトゥール様だ。


 私は部屋を出て、その絵の元に駆け寄る。

 廊下には絨毯が敷かれておらず、私の靴音が響いた。


「なぜ、アルトゥール様がここに……」

「それはな。アルトゥールは、俺の弟だからだ」

「え!?」


 そんな話、新聞でも読んだことがないし、噂でも聞いたことがない。師匠からも、聞いたことはなかった。

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