第13話 王様の求婚?





 市民ホールの奥に行くと、謁見室にたどり着く。別の名を玉座の間。

 と言っても、この部屋に玉座はなく、奥にちょっと良い感じの椅子やテーブルが並んでいるだけだ。

 部屋はホールと応接間に分けられており、白い大理石のアーチが仕切りになっている。アーチの上部には神殿にあるような刳型の装飾モールディングが施されていて、アーチに張り付いた茶色の柱にはツタを形どった飾りが巻き付いていた。

 パーティーの際はホールで踊り、ダンスに疲れたら応接間で語らったりするのだろう。

 大理石で出来た市民ホールから一転、オレンジ色の壁紙にはダマスク模様が描かれ、窓際には同じくダマスク織のカーテンが掛けられていた。


「まま、腰掛けて腰掛けて」

「し、失礼します……」


 応接間にある、座面と背もたれが赤いクッションで覆われた椅子に、恐る恐るユリアが座る。

 赤いクッションには金の刺繍が、こげ茶色のフレームには金箔のダマスク模様が施されていて、いかにも高級な椅子だ。緊張するのも無理はない。


「あ、改めまして。ユリアと申します」


 カチンコチンに固まりながら頭を下げるユリアに、王様は鷹揚にうなずいた。

 

「ああ、モルゲンから話は聞いている。優秀で、自慢の弟子だとな」

「王様、違う。『優秀で自慢で、かわいい弟子』」

「師匠!」


 わあ! と、顔を赤くしてユリアが私のすそをつかむ。

 はっはっは! と、先ほどまで抑えていた声量を1.5倍に引き上げて、王様が笑った。うるさっ。

 

「モルゲンは大分変わっているし、恐らく毎日振り回されていると思うが、教え方は懇切丁寧だろう」

「あ、はい。確かに」

「ちょっとまってユリア。その同意、どれに対して言ってる?」

 

『大分変わっている』なのか、『毎日振り回されている』なのか、『教え方は懇切丁寧』なのかで話が変わってくる。

 王様が、ひどく呆れた顔をした。


「なんだ、相変わらず自覚がないのか?」

「師匠……」

「あれ!? これ見たことある流れだなあ!?」


 具体的には、アルトゥール君とユリアが、私への文句で意気投合した流れ。


「……本題に入っていい?」


 頭が痛くなってきた。


「おいおい。気が早いな。もう少し場が温まってから言うつもりだったんだが」

「いや、これ以上なにか話されると、私の何かが減りそうだから……もうだいたいリリス首相に聞いてるし」

 

 最初聞いた時は、その内容に耳を疑ったけど……。

 ごほん、と咳払いして、王様は言った。

 


 

「単刀直入に言う。

 ――俺と、結婚してくれないか」

「……本当に、求婚だったんだ」


 

 リリス首相から事前情報があったとは言え、私にとっては現実味のないものだったから、半信半疑だった。

 ゴクリ、とユリアが息を呑む。丸いオリーブグリーンの瞳は開かれて、私と王様の動向を窺っていた。


「すまんな。一応、王族同士の結婚として進めたいから、モルゲンより先にソラに話を通した」

「まあ、一応私、魔王ソラの養子ですから」


 私がそう言うと、え、とユリアが目を丸くする。


「師匠、魔王様の養子だったのですか?」

「一応ね。勇者パーティに同行する時、王族の娘ってていの方がいいだろ、ってソラが」


 実態は後見人って感じだ。私の両親は健在だし、彼に養育されたわけじゃない。まあほとんど家族みたいなものだけど。


「まあ、すぐに『個人で話し合ってくれ』って言われたけどな」


 だから呼んだんだ、と王様。うん、そこまではわかる。私は王都まで行けないし、宮廷以外でプロポーズするのは体裁的に問題だしね。


「なんで私なんですか?」


 問題はそこなんだよなあ。

 そりゃ、王族的に魔族領と人間領の融和を果たすなら、魔族領のヒトと結婚するのが一番確実だろう。でも、私には『魔王の養子』以外の立場がない。

『光の聖女』を返上した以上、ほとんどの人が私が勇者パーティの一員だったということは知らないし、無名なヒトと結婚しても、話題性とか産まれそうにないのだけど。


「それこそリリス首相とか、立場もあっていいじゃないですか」

「ああ、真っ先に申し込んだ。が」



『えー、私、好きな子いるし』



「……とのことだった」

「ああ……」


 じゃあダメだな。

『てへぺろ♡』と言いながら、頬に重ねた両手を添えて笑うリリス首相が頭に浮かぶ。


「それに今思い出しました。……基本、魔族に政略結婚という概念が存在しないんだわ」


 そこのところ、すっかり忘れていた。

 人間と違って、魔族には家制度というのがほとんどない。だから家名もない。なぜかと言うと、魔族はその気になれば細胞分裂して子を作ることができる種族が多いので。

 そのため多くの魔族は、父や母の名前を『家名』の代わりに使っている。リリス首相も、『リリス』さんというお母さんから生まれたからそう名乗っているのだ。


 私の言葉に、そうだ、と王様がうなずく。


「それに、急に魔族と結婚すると言っても、や教会が認めないだろうしな。一番穏便に、スムーズに、効率的に済みそうなのがお前だったのだ」

「消去法かー……」


 人生初の求婚なのに、悲しすぎる選ばれ方だ。


「どうだ? もちろん結婚は強制じゃないし、結婚したら王都にも入れるようになるぞ」

「うーん……」


『光の聖女』を返上する際、聖光教会からの条件がいくつかあった。その一つが、「登城禁止」だ。この登城には、王都も含まれる。

 王都もあんまり探検したことないし、そりゃ行けたら楽しいだろう。あそこも科学が発達して、研究室が出来てるらしいし。

 それにアルトゥールくんにも会える。

 彼がうちに来るのを待ってたら、また何年先にもなりそうだ。自分から会いに行けるなら、会いに行きたい。

 そんなに悪い条件では無い、けど。

 

「確かに、私も今年で二十三。魔族領だともう少し遅いですけど、人間領だと結婚して子どもを産んでいい歳です。……でも」

「でも?」

「一応私、ユリアの師匠なので」

 

 王妃なんてなったら、まず店は手放さなくてはいけない。ユリアが継いでくれるかもしれないけど、ユリアとの生活を手放さなくてはいけない。

 それはとても寂しいし、師匠の責任として、ここで放り出して良いのか悩む。


「てなわけで、ユリアに選択してもらおうかな、と」

「私ですか!?」


 ユリアが目を剥く。


「……あの、私は、今の生活を手放すのは、特に問題は無いと思います」


 おや。

 ユリアなら、今の生活が変わる方に不安を抱くかと思ったのに。


「いずれ独立したいと思っていましたし……そもそも、店を経営しているのは、ほとんど私ですし」


 そうだった。この子だけで立派にやれるわ。やれないのは私か。

 ただ、とユリアは言った。


「さきほどの、『仕方ないから結婚する』では、あまりに不幸ではないか……と、思いまして」

「……ほう」

「王族の方には、王族の方の考えがあるのはわかっています。でも、師匠には、心から愛する人と結婚して欲しい……です」


 一生懸命言葉を探すユリアの言葉に、王様は少し考える素振りを見せて、やがてフッと笑った。


「確かに。消去法で求婚するなど、相手に対して大変失礼だった」

「ほんとにね。今度はもっとときめく感じに求婚してください」

「……ほう、ときめく感じに」


 興味深そうに、王様が私の言葉を繰り返す。


「なんですか、王様。その表情」

「いや、貴姉はやはり、結婚に憧れを持つ方なのだな、と」

「憧れ……って言うか……私、別に結婚しなくてもいいんですよ」


 ただ、この人以外とは結婚したくない、って思える相手じゃなきゃ嫌なだけ。

 そう言うと、


「……変わらないな、あなたは」


 ボソッ、と王様がつぶやいた。


「何がですか?」

「いや、なんでも。……しかし」


 そう言うと、王様はさらにニヤニヤし始めた。なんですかその表情。


「そう言って貴姉は、俺がときめく感じに求婚していたらどうしていたんだ?」

「このヒト、絶対逃げますよ。恥ずかしくて」


 ユリアがコソッと呟く。こらユリア。

 確かに、本気で求婚されてたら、逃げていたかもだけど。正直、人生のターニングポイントである求婚にビビっていたから、断ってくれるだろうユリアを連れて来たわけだし。

 そもそも、自分のスペック的に王妃とか無理だし、受ける気はサラサラなかった。

 ……でも、ユリアがそんな風に考えてくれてたなんて、思いもしなかった。

 私、本当にいい弟子を持ったなあ。しみじみとしてしまう。ユリアがずっと一緒にいてくれるなら、一生結婚しなくていいかもしんない。


「あー、でも、結婚式するなら、先生に取り仕切ってもらいたいなー」


 たぶん、先生ならやってくれる。牧師だし。

 その時、ふと王様が、「それなんだが」と言った。


「実は、パルシヴァルがこちらに来ているんだ。彼は今、隣の教会に滞在している」

「え、先生が!?」


 そんな話聞いてない。

 いや、エレインとは違い、そう頻繁に連絡をしているわけじゃないけど。


「本当に昨日、ここに到着したらしくてな。私もまだモクムでは会ってはいないのだ」


 私の表情がわかりやすかったのだろう。王様はそう説明した。


「せっかくなのだから、本人に会いに行くといい。俺はユリアに、この市役所を案内しよう」

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