ユリア視点 アルトゥールとモルゲンの関係考察②


「アルトゥールは庶子だからな。存在自体を隠されたんだ。

 聖光教会は、一夫多妻を認めない。父上は晩年宗教にすがり、その罪を大層恥じて、愛する人とその子どもを閉じ込めたらしい」


 ……それは、なんというか。


「バカだよなあ」


 乾いた笑みを浮かべて、陛下は言った。


「罪を隠したところで、罪がなくなるわけではあるまいに。それをあろうことか、子に押し付けるなど、罪に罪を重ねてどうしようと言うのだ。――そう言ってよいのだぞ」

「……上に立つ者には、私のような下々には、わからぬ苦労を抱えているのだと思います」


 私がそう言うと、「あなたは優しいな」と、陛下は言った。

 優しくなんてない。私はただ、臆病なだけだ。

 何かを知れば知るほど、何も知らないで誰かを責めた時、責任や恥を抱えたくないだけ。一時の義憤で、何か取り返しのつかないことを引き起こしたくないだけだ。

 ……こないだも、師匠に怒られたし。



「そう言えばあなたは、アルトゥールに馬用の水を差し出したようだな」


 ピンポイントに黒歴史の部分を突かれて、うっと唸ってしまう。


「話を聞いた時、爆笑してしまったぞ! あのアルトゥールに対してなびかぬ女など、モルゲンとエレインぐらいなものだと思ったのだからな! 世界は思った以上に広いな!」


 ワッハッハー! と、腰に手をあてて笑う陛下。グワングワンと頭に響く。

 耳を塞ぐと、王様は「あ、すまない」と、声量を落とした。


「しかし、なぜ馬用の水を?」

「……ただの嫌がらせです。アルトゥール様は、師匠をこっぴどく振って追放したのとばかり」

「……んん?」


 なぜか陛下が、疑問を露わにしていた。


「アルトゥールが? モルゲンを? 振る???」

「いえ、それは勘違いだったのですが」


 師匠が『光の聖女』を返上して、『雑貨店リヒト』を開いた時。パルシヴァル様やエレイン様が店を訪れることはあっても、アルトゥール様だけは来なかった。

 そしてこの間、アルトゥール様と最初に会った時、昔は見えた師匠への恋慕の光が一切見えなかった。師匠もほとんどアルトゥール様の話をしなかったし、きっとアルトゥール様から酷く振られたのだ、と勘違いしてしまったのだ。

 

「いやいや。そもそも、モルゲンはアルトゥールのことは毛にも想ってないだろう」


 陛下の言葉に、今度は私が驚く。

 エレイン様も似たようなことを言っていたけれど、……もしかして昔なじみの方は、まったく気づいていないのだろうか。



「師匠は、好きな男性以外からのハグを受け入れたりはしませんよ」

 


 私の言葉に、王様が目を丸くした。

 

「…………いや、いやいや。ハグぐらい、家族とか、友人にするだろう? エレインや、あなたとか」

「エレイン様はわかりません。でも私は、師匠からハグをされたことなど、一度もありません」


 自分の一族では、日常的に家族や友人とハグをするという風習がないのだと、以前師匠が言っていたのだ。

 家族や友人とハグする時は、大抵人生の節目の時ぐらい。普通ハグをするのは恋人同士ぐらいだと、確かに言っていた。


「もちろんこちらの文化では、家族や友人同士でも行うことは、師匠も理解してます。ですが師匠にとって、アルトゥール様から抱きしめられるのは、とても勇気のあることだと思いますよ。アルトゥール様に抱きしめられて、ちょっと照れてましたもん」

「…………マジか」


 あんぐりと、陛下が口を開く。


「てっきり俺は、アルトゥールの好意にモルゲンが全く気づいていないものとばかり……」

「いえ、それは正しいです。師匠はなんと言いますか……人から性的な視線で見られることは、とても鈍感な方なので。多分師匠は、アルトゥール様の好意も、ご自分の恋慕にも無自覚です」


 性的な視線に鈍感なのは、恐らく、【黒い森】の大人たちがとてもしっかりしていたのだろう。私が師匠と初めて出会った時には、アルトゥール様やパルシヴァル様、エレイン様が師匠を守っていた。特にアルトゥール様のバリア。

 だから誰かから、「あなたはそういう目で見られていますよ」と言われても、全然ピンと来ないらしい。

 うらやましいと思う。……あの不躾な視線を感じずに生きていけるのなら、どれだけ自由に生きていけるのだろう。


「アルトゥール様のことは、今は嫌いではありません。アルトゥール様の好意、とてもわかりやすいですし」

「ああ、うん。わかりやすいよな」


 陛下が真顔でうなずいた。


「アルトゥールに、『モルゲンに求婚するけどいいか』って言ったら、『陛下のお心のままに』とか言うくせに、明らかに落ち込むんだもんなあ」

「ああ、それであの方、師匠の元に来たんですね」


 何となく言いたげな、浮かない表情をしていたのは、そういうことだったのか。

 

「わかりやすいだろ?」


 陛下の言葉に、うなずくしかない。

 あのヒト、隠しているつもりなんだろうけど、師匠への好意があふれている。私みたいに感情が見えないヒトたちにもダダ漏れだ。それなのに、なんで師匠気づかないんだろう。


「ひょっとして突然師匠にプロポーズしたのも、アルトゥール様を焚きつけるためですか?」

「はは。名探偵の目は欺けぬな。余計なお世話だろうが……アイツも苦労しているから、幸せになって欲しいんだ」


 そっかー、モルゲン、アルトゥールのことが好きだったのかー、と繰り返す陛下の周りには、花が飛んでいるみたいに見える。これは感情のメタファーなのか、幻覚なのか。

 わかることは、庶子と嫡子という関係を超えて、陛下がアルトゥール様を大切にしているということだった。

 本当に良い人なのだろう、この方は。師匠が安心してくだけた態度をとるのもわかる。私は恐れ多いけど。

 

「……ですが、もう一つ、疑念があるのです」

「疑念?」

「アルトゥール様に、まとわりつくモノです」


 初めて会った時は、あそこまでではなかった。ただ、チカチカする何かが、たまに見えるだけ。気のせいだろうか、と思うぐらいの違和感。

 けれど、こないだ会った時は違う。


 アルトゥール様が私と顔を合わせた時、師匠への恋慕が一切なかった。

 師匠に会いに来ていたのだから、そんなこと、あるはずないのはわかっている。――けれどあの感情や執着の無さは、まるで師匠のことを忘れているみたいだった。

 受け答え方も、何となくおかしかったのだ。『師匠に会いに来られたのですか』と尋ねると、不思議そうに彼は首を傾げた。モルゲン、という名前を出すまで、彼は自分が誰に会いに来たのか忘れているみたいだった。

 

 それが、師匠の顔を見た途端、アルトゥール様は急に師匠のことを思い出したかのように、一気に恋慕の光に変わったのだ。

 あの時本当にビックリした。だけど、驚いている暇はなかった。

 恋慕に変わったのと同時に、そのチカチカするモノは、爆発するように広がったからだ。


 

「アルトゥール様の、あのまとわりつく呪いは何なのですか? この女性は、どなたなのですか?」


 二人が抱きしめ合っていた時、馬桶の水には、ここに描かれている女性の顔が映っていた。

 その顔は、こんなふうにちっとも優しそうではなく、憎しみと執着で歪んでいたけれど。

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