第4話 聖女返上の理由

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 ――今から十三年前。

 当時の勇者、つまりアルトゥールくんたちは、魔族および魔王を倒すため、魔王城のある【黒い森】へやって来た。

 だいぶ前から、人間たちは、かつては入っては帰ってこられないような森を克服し、木々を切り倒し、海洋へ進出するようになった。

 しかしその分、彼らは沢山の病に侵された。ところが、森に住まう魔族はピンピンしていた。

 沢山の病は魔族の呪いだと、人間側は考えた。そうして、人間と魔族の間で争いが起きたのだ。


 けれどそれらの本当の原因は、菌などの微生物の存在だった。


 微生物は人間の目には見えないほど小さな生き物で、時にヒトに悪さをする。だけど、生き物には免疫という、一度かかった病気に対抗する力があって、魔族は人間と比べてその力が段違いだった。だから人間がバタバタ死んで行っても、魔族だけは生き残ることが出来た。

 私の一族は人間だが、魔族領で暮らす学者家系だった。――その辺の話をすると長くなるので、割愛。

 とにかく私はその代表として、勇者たちに接触し、「原因は微生物である」ことを説明した。政治的なことも色々重なり、彼らの仲間として全国を回ることが許された私は、予防方法や衛生観念を教えるのと同時に、魔族との融和を訴えに回った。

 そのこともあって、この国は「人間と魔族の共存社会」を謳うようになり、なんとか人間と魔族の争いが終結したのだ。

 その時私が名乗っていたのが、『光の聖女』。ただ三年前、私はこれを返上した。



 

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 応接間には、壁に埋め込められた暖炉がある。そのそばにある入隅いりすみに、アルトゥールくんの剣が立て掛けられていた。

 サンドイッチを染付のお皿に乗せて、同じく染付のティーポットから、お揃いのティーカップ三つに紅茶を注ぐ。

 

「私はユリアやアルトゥールくんと違って、魔力も加護も一切持たないし、聖光教会に所属していたわけでも許可を貰ってた訳でもないから、詐欺状態だったんだよ。『光の聖女』は、先生と王様のゴリ押しでやってたわけだし。

 だから罪に問われない代わりに、自主的に返上したの。ここまで私、ちゃんと説明したでしょ?」

 

 はい、とユリアとアルトゥールくんにカップを渡すと、アルトゥールくんは片手で取っ手を持ち、ユリアは両手で包むようにして受け取った。

 しょぼんと肩を落とすユリアに、まあまあ、とアルトゥールくんがなだめる。


「君のことが心配だったんだよ。本来ならこの国に貢献した者として、領地の一つは貰えるはずなんだからさ。なのに、『人間と魔族の共存宣言』には、君の名前は消されているし。追放だって思っても仕方ないよ」

「教会と関係を悪くするわけにはいかないもの」


 魔族との融和に一番反対したのは教会だったが、衛生観念や予防接種を広めてくれたのもまた、教会の力だった。彼らのメンツを壊すつもりは無い。

 それに。


「私、神様とか信じてないしね!」


 信仰心とかない人間が、信仰の名のもとに祈り、清め、施し戦う『聖女』の名前を持ち続けるわけにはいかない。

 

「うわあ……」

「それ絶対、他所で言わないでね。八つ裂きにされるから」


 顔を真っ青にして引く弟子と、乾いた笑みを浮かべながらどこか遠い目をする元同僚(勇者)。

 うん。神の下に統治されるこの大陸で、「神様を信じていない」とか言ったら、それこそ人間と魔族の争い以上に血を見る。絶対言わない。


「ここまで説明して、納得してくれた?」

「はい……申し訳ございませんでした、アルトゥール様」

「いいよいいよ。それに、馬用の水なんてかわいいものだ」


 そう言って、アルトゥールくんは虚空を見つめる猫のような目をした。


「モルゲンなんて、臭すぎるニシンの缶詰を食べさせるし……」


 ぎくり。


「……師匠、アレ、食べさせたんですか。勇者さまに」

「もう、本当にヤバかった。臭いはめっちゃ染み付いて、パニックになった魔獣に襲われるし。街の中に行ったら、『新手の攻撃か!?』って衛兵に捕まるし。かと思えば、臭すぎて遠巻きにされるし……」

「あれ、兵器ですよね。私も『勉強の一環』と言われて食べさせられましたが、戻しましたよ」

「わかる。『一口目はいけるか?』 とか思って油断して吐くんだよね」


 うんうん、とうなずく二人は、あっという間に仲良くなったみたいだ。「あと、納豆とか」「あ、僕あれ好きだな」「そうなんですか? 私は無理です。匂いもですがネバネバが」「でも納豆菌って、すごいんだよ」……私の文句をネタにして。

 私的には好意のつもりだったんだけど。本人の同意を無視して食べさせたことには、悪いと思っているから。今は私の中の黒歴史だから。


「でも、モルゲンがくれた発酵食品は、色々面白くて、いい経験だったけどね。……この紅茶みたいに、美味しいものもあったし」

「本当です。お砂糖も蜂蜜も入れてないのに、甘いです」

「ああそれね、マーサさんから勧められたの。ビックリするのは味や香りだけじゃなくて、作り方もなんだよ」

「へえ、どんな作り方だい?」


 アルトゥールくんが興味津々に聞いてくる。

 ふふん。驚くといいわ。

 そう思って私は、勿体ぶって溜めてみる。



「なんと……魔虫がかじった茶葉を集めたものなんだって!」



 そう言うと、盛大に二人が吹き出した。


「ね、すごいよね!? 魔虫の酵素と茶葉の防御反応で、茶葉の香りと味が甘くなるんだって!」

「師匠! 全然反省してませんね!?」

「せめて一言かけて欲しかった……!」


 立ち上がって怒るユリアに、ダバダバこぼすアルトゥールくん。

 ごめん。そう言えばアルトゥールくん、虫嫌いだったね。


 こんな感じで楽しい時間は過ぎていき、アルトゥールくんが帰る時間になった。



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