第3話 勇者との再会、そして弟子の勘違い

 若草色のドアが閉まるのを見届けて、私も帰路を目指す。

 のろのろ歩いていると、荷物を沢山乗せた車を引くケンタウロス族の人が、蹄の音を立てながら私を追い越して行った。

 ……やっぱり、今度から運送業の人に頼もうかな。毎回そう思ってるのに、儲けが少ないせいで中々踏ん切れない。



 モクムの街。モクムの意味は、古い言葉で『平和』。

 この港町はその名の通り、古くから人間と魔族が共存していた街。

 私がこの街に来て、どれぐらい経ったんだろう。今じゃどこに何があるのかが分かるのに、街中を歩くと、装飾された建物に圧倒される。

 オレンジ色の屋根とレンガの壁でできた家は、破風が三角ではなくて、教会の鐘のような形をしている。

 真ん中のレンガの家は、切妻屋根がレンガと同じ色。でも窓の上には、さらにレンガのアーチがついていたり。あれ、なんでついているんだろう。

  その隣の建物は、妻壁だけが神殿のように真っ白に塗られていて、破風が階段のようになっていた。煙突の掃除をするヒトが、そこに足をかけている。

 あとは、お城や教会のように、尖塔がついたお家があったり。

 長方形の建物から、まるで首を伸ばしたような破風もあって、その両脇には笛を吹いたヒトのブロンド像が建てられていた。


 私は、この街が大好き。


 大通りに沿うように、連続して建てられた細長い建物。屋根や壁の色、破風の装飾やペディメントの形、窓の形や並び。どれをとっても同じものは無い。だけど、皆仲間だって感じがする。

 テラス席では、魔族の男性がお茶をしながら喋っていたり。雑貨屋のショーウィンドウから店内を覗くと、商品を見ている人間の女性がいたり。

 通り側にある、主階入口へつながる両側階段では、子どもたちが笑い声をたてながら遊んでいた。

 そういうのを見て、私はとても嬉しくなるんだ。







 私の家と店は、連続した建物の最後、町外れにある。

 しかも入口は表通りではなく、路地裏。もともとはバーだったらしく、隠れ家っぽいところだ。私は気に入っているけれど、外からじゃなんの店かわからないので、新規の客が来ることは無い。つくづく経営的には不利な場所だ。

 むき出しのレンガの壁から突き出した、錬鉄製の看板には、『雑貨店リヒト』と書いてある。


 


 私の店は、日光にあてるとダメになってしまう商品が多いから、ほかの店と比べても薄暗い。

 そのためガラス戸には、ガラス瓶に入った緑色のコケやキノコが、ぼんやりと光っていた。


 インテリア的には、『カフェ・アドヴィナ』のカウンターと似てると思う。クラシックな豪華さというか。

 焦げ茶のキャビネット。部屋の角においたキャビネット。透かし細工の入った椅子。猫足のコンソールテーブル。どれも硬いオーク製だが、素晴らしく複雑な彫刻がされている。

 特に、店の真ん中にある天蓋付きのカウンターはすごい。天蓋にはめ込まれたレリーフには木の実と葉が、カウンターの背面にはリネンを折りたたんだ模様が彫られている。

 これは元々私が住む前からあったバーカウンターで、ドワーフ族と人間の職人が共同で作ったものらしい。下見の時、これに一目惚れして家を決めた。 

 

 カウンターには、草木を象った錬鉄フレームのガラスランプが壁に備え付けられていて、そこだけ暖色の光に染まっている。 

 弟子のユリアは、そこに座っていた。

 彼女はすぐ私に気づいて、私の元に駆け寄ってくる。ギシ、ギシ、と床がきしむ音がした。

 

「師匠、お客様です」


『冷蔵の箱』を私から受け取って、彼女は言った。

 

「お客様?」

 

 えんじ色のフードの下で、滅多に表情を変えないユリアは、不機嫌な表情をしていた。どうしたんだろう。

 

「応接間にいらっしゃるのよね?」

 

 私はそう尋ねながら、段差を上り、店の奥にある扉を開けた。

 そこは廊下になっていて、応接間はその廊下の左側にある。

 応接間のドアを開けると、運河を見渡せる大きな窓から、西日が入る。その眩しさに、思わず目を閉じる。



 再び開くと、草木模様の壁紙を貼った応接間の真ん中に、窮屈そうにソファに座る男性がいた。


 物音に気づいたのか、彼がソファから立ち上がって、私を見る。


 窓を開けていたため、すぐそばを通る運河が風を運んできた。ガラスのように透き通る銀髪が、サラサラとなびく。

 その下にある水色の瞳は涼しげで、目を伏せると長いまつ毛が物憂げな表情に見せた。

 ゆったりしたひだを作る白いマントから、縁を金糸で刺繍された立襟が覗いていた。ネイビー色のジャケットは金のボタンと金の紐で止められていて、まるで宮廷服のように見える。

 けれど動きやすいようにパンツはブーツの中に入っていて、黒いブーツは簡単に履けるように履き口が広くなっている。装飾ではなく機能性を重視した服装は、彼が冒険者であることを物語っていた。

 懐かしい冒険者スタイル、いや、懐かしいヒトに、私は声を上げた。



「アルトゥールくん!?」

「やあ、モルゲン。元気にしていたかい」



 そう言って、笑顔を浮かべたアルトゥールくんは駆け寄り、私を抱きしめた。

 アルトゥールくんの身長は、私より遥かに高い。下手したら私の頭なんて、アルトゥールくんのお腹の位置だ。ハグをされると、すっぽり覆われてしまう。

 だからこそ、私を潰さないように力加減をしてくれる。優しいハグに、私も背中に回した腕に力を込める。

 彼からは草と土、それから太陽の匂いがした。



「うわあ……何年ぶり?」

「そうだね……君が『光の聖女』を返上してから、三年かな?」

「あれ? まだ三年?」

「まだって……」


 いや、店を開いてドタバタしていたから、アルトゥールくんたちと旅をしていたことなんて、もっと昔かと思ったよ。


「でも会えて嬉しいし、ちょうどよかった! いい茶葉があるの。あ、でもユリアがもう出して……る……」


 私は、アルトゥールくんの下に置いてある木桶を見つけて、絶句した。

 あれ、馬用の水じゃない?


「…………アルトゥールくん、なんで馬用の桶がここにあるの?」

「いやあ……ユリア殿に、『あなたはこれで十分ですよね』って言われて……」

 ――その言葉に、私は悲鳴をあげた。



 

「ユリア――――!?」



 

 私の声に驚いたのか、窓から鳩が飛び去っていくのが見えた。

 呼びつけると、ユリアは恐る恐る応接間の入口から顔を見せる。


「お客さんにこんなことしちゃダメでしょ!」

「だ、だってそいつ、師匠を追放した人でしょう?」  

「ちがーう!」


 もう、この子は! 純粋なんだけど、思い込んだら一直線なんだから!



「ちゃんと説明したでしょ、『光の聖女』返上は私の意思だって!」



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