【覆面芸人つよし】掌編小説

統失2級

1話完結

「日本の女優は整形だらけだ。あんな女たちとSEXするのは、マネキンとSEXするのと何も変わらない」芸人のナーノつよしは常々こんな言葉をテレビで発信していたのだが、そんな、ナーノの毒舌をテレビの前の視聴者は大いに楽しんで支持し、ナーノは絶大な人気を集めていた。現在、47歳のナーノは31歳頃から売れ出して、16年間も順風満帆な芸能生活を送っていた。しかし、ある夏の夜に単独のバイク事故を起こしてしまい、ナーノの顔面は醜く崩れてしまう。それでも、根っからの芸人気質であるナーノは、その崩れた顔のまま、サングラスやマスクを装着する事もなく記者会見を開くのだった。すると、それを見た口の悪い一部のネット民たちはナーノに対して、「他人の顔の悪口ばかり言っていた天罰が下った、自業自得だ」とか「化け物だ」等と罵詈雑言を浴びせてしまう。事故前のナーノの容姿は決して美形というものでは無かったが、ナーノ自身は自らの容姿には程よい愛着を持っていた。その反動とネットの反応もあって、ナーノは鏡を見る度に酷く落胆する事となるのだった。だが、ナーノは美容整形で顔を整えるのを良しとしなかった。それは美容整形に対する過去の自分の発言への義理立てのようなものだった。自分の顔は明らかに醜い。しかし、美容整形を受ける訳にもいかない。誇り高くも天邪鬼なナーノは苦悩の中にあった。またそんな、ナーノをテレビ各局は画面に映す事も出来ず、ナーノは開店休業状態の苦境に追い込まれていた。そこで、ナーノは起死回生を狙い、覆面芸人としてYouTubeで生きて行く計画を立てる。ナーノは名前は公表しつつも、プロレスの覆面職人に自分でデザインした覆面を作って貰い、それを被りながらYouTubeの画面に写り、時事ネタを発信していた。そして、その白を基調とした覆面の額には『毒ガス』の3文字が赤い糸と黒い縁取りの糸で刺繍されている。ナーノのYouTubeでの発言はテレビ芸人時代の発言の毒を遥かに上回り、ネット民たちに広く支持され人気を集める事となっていた。しかし、だからと言ってナーノは決して幸福な訳ではなかった。26歳も年下の恋人は「なんで、整形しないの? あなたとはもう付き合えない」と言って離れて行ってしまった。ナーノはそれに対する不満と悲しみと怒りを毒舌という手段に変換して、YouTubeで縦横無尽に活躍して行く。その後のナーノは更なる高みを求め、自らの動画に英語の字幕を付けて国際的なyoutuberを目指して行く事となった。すると、ナーノはある時期から純粋な正義感の下、『反イスラエル芸人』を名乗り始め、イスラエルのパレスチナ政策を徹底的に批判し始める。結果としてナーノのチャンネルは大成功し登録者数は外国人を含めて6千万人を超えるようになっていた。ナーノは事故を起こす前に監督と主演を務めて、数本の映画を製作していたのだが、それ等は国際的にも評価されていた。そのような事情も登録者数の増加には作用したと思われ、ナーノは外国に於いて最も有名な日本人になっていた。そんなとある秋の日の早朝にナーノは日課としていたウエストと名付けたチワワ犬との散歩中、面識の無い若い男に不意打ちを喰らいナイフで背中と腹部を複数回刺されてしまう。ナーノは薄れ行く意識の中で、アスファルトの凹凸の感触を頬の皮膚で確かめながら、(ボクサー犬とか、シェパード犬とかを飼っていたなら、守って貰えていたかも知れんね)と軽い後悔に包まれたまま、静かに息を引き取るのだった。ナーノを刺したのは東京に本部を置く広域暴力団の末端ヤクザだった。しかし、そのヤクザも逮捕の翌朝には留置所で死亡しているのが確認される事態となってしまう。それでも何故だか、そのヤクザの司法解剖が行われる事は一切無かった。そして、ナーノが残したチワワ犬ウエストは、ナーノの元恋人が引き取って大事に世話をする事となりました。


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