夏愛視点 『haleyさんめっちゃきれいだった!!!』
午前九時五十二分、場所は渋谷駅。私はある人を待っている。
私はその人と会ったことがないし、顔すらも知らない。だけど、その人の声と『何をしているか』くらいは知っているし、向こうも私のことを同じくらい知っている。
「はじめまして、
人がたくさん行き来しているので、挨拶の練習をしてもすぐかき消されて恥ずかしくない。
なんなら渋谷駅周辺では、今の私なんかよりもっと恥ずかしいことをする人たちがしょっちゅういる。すぐそこに交番があるのに怖くないのかな、と毎回思う。炎上商法? いいことないよ~……。
練習していてなんだけど『夏愛』という名前は実は本名ではない。お母さんはそんなにかわいい名前はつけてくれなかった。第一、初めて会う人にいきなり下の名前で自己紹介するのはヤバいでしょ。
じゃあなんでそう名乗っているのかって? ふふふ、それは私が動画を撮っているからなのだ! といっても、今この瞬間にカメラを回しているわけじゃない。まあ、後で回すけどね。
夏を愛でるから夏愛……とは言ってるけど、正直テキトーに考えた。
まず『なつめ』って語感がいいな~と思って、漢字とその理由も完全に後付け。秋の方がお芋が美味しくて好きだし。
そういうわけで、私の会う相手も必然的に同業者、つまり動画投稿をしている方だ。早い話が『オフコラボ』ってこと。
うぅ、意識したら緊張してきた……。手が震えるのは冬の風のせいってことにしよう。
「夏愛と申します……」
――念のため、もう一度だけ練習しておく。白い息だけが私の頑張りを聞いてくれた。
そもそも、なんで私が同業者さんとオフコラボをすることになったかというと……。
「うあ~! なかなか固定層がつかないよ~!」
少し前に動画の再生数が伸び出して、いつの間にか『数字』に脳を支配されるようになったからだ。
――最初はただのごっこ遊びだった。『自炊する』といういつもやってることを、なんとなく携帯のカメラを回して撮ってみたのだ。
その手の動画なんて一本も観たこともないので、あくまで自分の想像で。「野菜を入れま~す」とか「ささっと盛り付けて~」とか。で、それをただ食べると。
『動画が再生されるとお金を貰えるらしい』という浅い知識だけは持ち合わせていたため、どうせならということで、その一部始終を動画サイトに投稿してみた。デフォルトである『写真』のアプリで、個人情報が映る場所や無駄な箇所を省いただけの、シンプルで味気ない動画。
こんな再生が関の山かな~などと予想していたら……。
「うっそでしょ……?」
――バカみたいに伸びていた。私が、私の動画が『バズり』を引き起こしたのだ。ただご飯を作って食べただけなのに、字幕すらつけていないのに。
このチャンスを逃す手はない。私は毎晩カメラを回して一部始終を撮った。コメント欄はあえて見ずに、このスタイルを保っていこう。だってそれで伸び……。
「伸びない……」
この『伸びない』というのは『予想より』という文字列が省略されたものである、決して数字がないわけではないし、そもそもほぼ無編集でここまでこれたのが奇跡なのだ。しかしもう私は数字の悪魔に取り憑かれている、ちょっとやそっとの奇跡では太刀打ちできない……。
動画の『アナリティクス』を確認すると、フォロワーにこそなってくれるものの、一、二本だけしか動画を観ない層がやや多かった。良くも悪くも私の動画は変化が少ないので、なんだかんだ後回しにされてしまうのだろう。そして忘れられると……。
となると、もっと継続的に観てくれるフォロワーを獲得しなくては……。
さらなるバズりを求める動画の奴隷と化した私は、動画サイトの機能にある『クイック動画』に目を付けた。ここ一年で爆発的に流行りだしたものだ。
このクイック動画はその名の通り、一分以内の動画を投稿するものとなっている。それだけなら普通に動画を上げればいいのだが、こちらは『動画が連続して流れる』という最大の特徴がある。
これを利用して面白い映像を何度も見せたり、ループするように見える動画を作るクリエイターが増えてきて、そりゃ流行るわと感心した。リサーチを兼ねてなんとなく眺めていたのだが、いつの間にか時間を忘れて色々観ていた。おそらく人生で一番『動画』というものに触れただろう。
――さあ負けてはいられないぞ、というわけで私はクイック動画にも力を入れ始めた。名付けて『皿ループ』と『夜バイク』だ!
皿ループについて。まず、何も盛りつけていない皿に料理を盛るカットから始める。次にその調理工程を、簡単な調理方法を添えられる程度の倍速で流す。あとは料理を食べて感想を述べ、後片付けのカットを入れて……最後に洗った皿をもう一度テーブルに置く。
するとどうだ、動画の開始時点と終了時点のカットが同じものとなり、クイック動画下では疑似的なループが発生するのだ! これを思いついた時には我ながら天才だと錯覚した。
次に夜バイクについて。こちらはシンプル、ただご飯を食べた後にフィットネスバイクを漕ぎつつ、身の回りにあったことや時事ネタについて話すだけだ。
私の動画が伸びた理由を探るため、かつて封印していたコメント欄を確認したところ、どうやら私の『しゃべり』に対して需要があるそうで。だったらチャリンコ漕ぎながらいくらでも話してやるよと。前述の皿ループに比べて、半ばヤケクソである。
――この二枚看板で『継続的に動画を見せること』を狙ってから二か月が経ち、順調に結果が数字として表れてきた頃、一件のメッセージが。差出人の欄には『haley(ヘイリー)』という知らない人からのものだった。わざわざ読み仮名を添えてくれてありがたいな。
『夏愛さん、一緒に
……え? Vlog? なにそれ? というわけで、パソコンで『Vlog』と検索。分からないことはとりあえず調べる、デジタルネイティブ世代の私はこの一連の流れが染みついていた。
ふむふむ、なにやら『
なるほど、意図せずVlogをやっていた私に白羽の矢が立ったと……では、haleyさんはどんな人なんだ? まずはお相手のプロフィール欄に行き、そこにある水色の文字列をクリック。なんとそこには、文字通り桁違いの数字が表示されていた。
「ひゃ、ひゃくにじゅうまん!?」
私のフォロワーが十一万人なので、その差は十倍以上。つまり私が十人いても向こうの数字を超えられないのだ。なんたる大物……。
んで、この人はどんな動画を上げているんだ? 動画一覧のページを確認するとVlogが数本に、
「こんにちは~……」
haleyさんは鼻から上を仮面で隠していて、どこかミステリアスな印象だ。低めでクールな声も相まって、どこか『カリスマ』のようなイメージを抱いてしまう。
「A、S、M、R……」
「うひゃああああっ!」
突然囁き声がして、耳にぞわぞわとした感覚が襲いかかる、でもちょっと気持ちいい? なるほど、これがASMRか……ハマる人はハマるだろうなぁ。私のヘッドホンと、あの黒い耳型の機械が連動しているのかな?
……つまり、アレに向かって囁かれると!?
「みなさん、今日はお疲れ様でしたぁ……」
「ひゃあっ、あひゃははははっ……!」
あ~ダメだこれ、私耐えらんない! くすぐったすぎる、とにかく声がぞわぞわしてヤバい!
まさかこんな人からコラボの誘いが来るとは……本当に何があるか分からないよなぁ……ん? ASMR動画の時間って結構長い?
一旦動画を閉じ、他の動画の右下にある数字を確認する。そのどれもが『30:00』を超えるものばかりであり、このジャンル自体が長尺に適しているものだと気づく。
「長尺でフォロワーが百二十万人いるということは、その分継続して観てくれるってことだよね……!」
私の求めていた層がこの数字だけいる、こんなの千載一遇のチャンスでしかない! 私はhaleyさん、いやhaley様に失礼のないよう『是非コラボさせてください、お願いします!』と就活の時より手を震わせながらメッセージを送り返した。
……というわけだ。正確には同業者とまではいかないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。『ASMR』でも『生活の一部始終を晒す』でもない、Vlogでのコラボだ。
「そろそろ来るはずなんだけど……」
時計を確認すると、午前十時三分。集合時間から三分ばかりオーバーしているが、フォロワー百二十万人のhaley様とコラボできるんだ。な~に、数分程度の遅刻など気にもならない。
タイツのみで覆われた脚が寒くなってきたが、私はここを離れるわけにはいかないのだ。さながら『おすわり』状態をかたどられた、後方の忠犬のごとく。
「あ、あの……夏愛さん、でしょうか……?」
この低めの声……間違いない、haley様のもの! 今回のコラボ先様の肉声にございますね!
「はいそうです私が夏愛ですはじめまして夏愛と申します!」
顔すらまともに見られずに、あんなに練習していた挨拶を高速でぶっ飛ばしてしまう。うぅ、このまま顔を上げずに動画を撮りきってしまいたい……。
「はい、haleyと申します……! 遅れて申し訳ないです、地元が田舎なもので道に迷ってしまって……」
「いえいえとんでもございませんhaley様! 今回のコラボ、よろしくお願いいたします!」
「さ、様!? そんな、やめてくださいよ~! ほら、周りの方にも怪しまれてますから、顔を上げてください!」
「はっ!」
主君の命とあらば、この私夏愛、顔を上げさせていただきま……。
「かわいい……!」
「きれい……!」
きれい、すごくきれい、めっちゃきれい。脳みそが『きれい』に支配されていく音がする。
もう良すぎる、褒める箇所しかない。いや、私なんかがこのご尊顔を評価していい身分じゃないでしょ! しかもその評価って、いくらでも代わりがいるし! 見た人者全員が十点中十億点と評するし!
あまりにも興奮してしまい、haleyさんのひとり言を聞き漏らしてしまう。が、今の私はそれどころじゃない。心が持ちそうにないし、聞き返すほどの勇気もない。
反射した太陽光がさらさらと流れる長い黒髪。
やや切れ長でありながら決して怖くなく、なんなら蠱惑的で心を奪われる目。
『顔の中心』という大役を文句なく担える、筋が通っているかつ高い鼻。
百二十万人を虜にした囁きはここから発せられているのか、薄い口紅でも艶が溢れ出す口。
そんな強いお顔とのギャップが映える、かわいい形をしたお耳……。
――こんな人見たことない。これから先見るとしたら、彼女の身内以外ありえない。
さっきので語彙力を全て使い切った。ああ、全てが完璧すぎる……!
ああhaley様、そしてご両親様、そのまたご両親様……感謝する先が、いずれ古事記辺りまでたどり着きそうだ……。そのまま『haley様の顔が良すぎる』とでも書き足してやりたい。な~にが国宝だ、こっちだって人間国宝待ったなしだろ。
――というか私、今からこんなに綺麗でビューティーすぎる人とVlogのコラボを撮るんですか!? お互いに顔を出していないとはいえ、もう骨格から美醜の差が出ちゃってますから!
「これ、クイック動画のつもりだったんですけど……」
「ええ……」
こんなの、一分以内に収まんないんだけど……!
VEElog 最早無白 @MohayaMushiro
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