VEElog
最早無白
haley視点 『オフコラボした方が可愛すぎた!?』
「ここどこ……?」
あたしは道に迷っていた。正確には駅の中で迷っていた。
――渋谷駅というものは、驚きの連続である。田舎から出てきたあたしがまず驚いたのは、駅そのものの大きさだ。色んなビルと繋がっていて、どこから外に出ればいいのか分からない。
それに人の多さも尋常ではない。私の地元なんて、駅に人がいる時間帯なんて朝七時頃と夜の数時間しかないのに。ましてや十時前でこの人の量……今日が土曜日なのを加味しても多すぎる。
待ち合わせをしている
時計を確認すると、午前九時五十二分。約束の時間までもう十分を切っている。果たして間に合うだろうか……?
そもそも、なんで私が夏愛さんと会うことになったかというと……。
「停滞してるなぁ……」
数字の伸びが悪かったからだ。あたしは
あたしがメインでやっているのは『
ASMRとは『
基本的には専用の機器に向かって囁いたり、心地よい音のするものをぺたぺたと触ったりする。リスナーからのリクエストに応える一時間程度の配信も、おおむね好評だ。
あたしの動画は前述の配信のアーカイブがメインなため、自然と長尺になってしまうことが多い。普通のASMR動画でも、必ず十五分以上の時間をとっている。
動画収益の面を考えると、長すぎる動画をアップするのはタイムパフォーマンスが悪い。しかしASMR動画においては、短い動画では十分な満足感は得られない。リスナーは『心地よい音』を聴きに動画を開く。なんなら、音を聴きながら眠る層もいるほどだ。
よって、その音たちが早く終わることが確定している短時間の動画は好まれない。
――だからあたしは、あくまでもリスナーに満足感を提供できる長尺の動画、配信をアップしているわけだ。だからこその停滞なのだが。
「短い動画も、試験的に
地道な活動のおかげで、ありがたいことにフォロワーは百二十万人を超えた。全員が全員というわけではないが、あたしの配信にリアルタイムで来てくれている人もいる。
――思えば、蛙や虫の鳴き声と格闘していた頃が懐かしい。今では部屋に防音シートを貼り、お高い機材を揃え、圏外など一切関係ナシのネット回線を引けている。
片田舎で好きなことを突き詰めていただけのあたしが、ここまでこれたのは紛れもなくリスナーのおかげだ。そのため打開策であるはずの『短い動画』で、逆に
ASMRとはまた違うジャンルを取り扱うサブチャンネルを作るのもアリだな……。問題はあたし自身に需要があるかどうか。普段観てくれているリスナーの何割かは流れてきてくれるだろうけど、それだと根本的な解決には繋がらない。
配信アーカイブのコメント欄をざっと確認しつつ、ああでもないこうでもないと頭を悩ませていると、ある一件のコメントが目に留まる。
それは『ASMRのメイキングを観てみたい!』という何の変哲もないものだったが、暗中模索のあたしにとっては一筋の光に違いなかった。暗い暗い田んぼ道に電灯ができたような、多分そんな感じ。
「ただメイキングを垂れ流すだけじゃ、いつもの動画と変わんないな。となると倍速? いっそ五分以内にぎゅっと収めてみようか……そうだ!」
――五分といわず、一分以内に収めてしまえ。あたしはサイトの機能である『クイック動画』に目をつけた。
このクイック動画というものは『一分以内の動画を連続して流す』というものだ。動画が終わったと思えば、また最初の時点に戻って再生される。このループ再生を利用したクリエイターが後を絶たない。
「あたしにも
最後の地点から最初に地点にスムーズに戻るようにするには、先に完成形を少しだけ映せばいい。五秒ほどタッピングして、その後に倍速したメイキング動画を流す。こうすることでループするクイック動画の完成だ。
――そしてもう一つ。メイキングと関連して、日常を少しだけ映す『
あたしを昔から知るリスナーは、片田舎で自然の騒音をなんとかかき消してきた過去を知っている。今でこそかなりマシになったが、活きのいいやつらはたまに家の壁を貫通させてくる。外でカメラを回しながら、自然をチラ見せさせつつ対策の模様を……というのもアリだろう。特定は怖いけど。
「頼む、新規のリスナー来てくれ~!」
そう念を込めてアップした後、他のVlogを観ながら参考になる点をメモしていく。話し方だったり、いわゆる
いいなぁ……家の近くでキラキラしているものなんて、川か電灯くらいしかないんだけど。ほとんど意味もなく携帯を上にしゅっしゅとしていると、やがて一本の動画が目に留まった
「あはは、なにこれ! おもしろ……!」
それは、あたしより二歳ほど年上の女性が、バイクマシンに乗りながら近況広告をしているというものだった。しゃべりが上手いのはもちろんだけど、バイクを必死に漕ぐさまがすごく面白い。他のVlogとは違って変に着飾ってもいないし、なんならVlogのタグすらつけていない。他の動画も観てみると、主に料理系の動画をアップしているようだ。うぅ、夜に観るとお腹空いちゃうなぁ……。
この人はなんて方なんだろう。夏愛? へぇ、これで『なつめ』って読むんだ……。
『夏愛さん、一緒に
あたしの指は、いつの間にか彼女にこんなメッセージを送っていた。あたしのメインジャンルであるASMRとは絶対に被っていない。それに運が良ければ、Vlogの再生数も上がるかもしれない。
あたしが今喉から手が出るほど欲しい、新規リスナー獲得の大チャンスを逃したくなかったのだ。だからって、急にコラボの依頼をしてしまうのはバカでしかないけど。せめて嫌われていませんように……!
――三十分ほどして、夏愛さんの方から『是非コラボさせてください、お願いします!』と快い返事をもらい、安堵するのだった。
……というわけだ。あたしからコラボに誘っておいて、集合時間に遅れてしまうとは! 夏愛さん、今ごろ怒っているんだろうなぁ。本当に申し訳ない……。
やっとの思いで渋谷駅という迷宮から抜け出し、集合場所である犬の像の前へ、人にぶつからない程度に全速力で駆ける。
あそこに立っているのが夏愛さんかな? 間違っていたらすごい恥ずかしいな……お願い、どうか当たっていますように!
「あ、あの……夏愛さん、でしょうか……?」
「はいそうです私が夏愛ですはじめまして夏愛と申します!」
すごい勢いで挨拶する夏愛さん。もしかして、あたしと会話する時間がもったいないってことなのかな!?
「はい、haleyと申します……! 遅れて申し訳ないです、地元が田舎なもので道に迷ってしまって……」
「いえいえとんでもございませんhaley様! 今回のコラボ、よろしくお願いいたします!」
「さ、様!? そんな、やめてくださいよ~! ほら、周りの方にも怪しまれてますから、顔を上げてください!」
「はっ!」
怒っているかと思ったのに、なんか知らない間に慕われてた!? あっ、重役出勤をしてしまったあたしに対する、一種の煽りってこと!? 本当に申し訳が立たないなぁ……。
ゆっくりと夏愛さんが顔を上げる。一生のお願いです、どうか怒ってませんように……!
「きれい……!」
「かわいい……!」
――かわいい、かわいいでしかない。なんだこのかわいい生き物は。こんなかわいい人が、普段家でしゃべりながらバイクを漕いでいるの? ギャップがすごすぎない!?
『かわいい』という一単語では決して夏愛さんの魅力を言い表せないのに、あたしはこの一単語でしか夏愛さんを言い表せない! 与えられた情報の威力が大きすぎて、脳が思考を放棄してしまっている!
あまりにも興奮してしまい、夏愛さんのひとり言を聞き漏らしてしまう。でも、今のあたしはそれどころじゃない。遅れてきた身分なので、聞き返すほどの勇気も湧かない。
動画内では少しだけのぞく程度だった、ボブが似合いすぎる茶色の髪。
遅れてきたあたしなんかを曇りなき瞳で許してくれる、慈愛に満ちたぱっちり二重のたれ目。
まるで絵で描く時に打つ点のような、小ぶりで主張の少ない、美人の証である忘れ鼻。
面白いトークはここから発せられているのか、リップの魅力を最大限に発揮させる口。
そんな優しいお顔を外側から引き締めてくれるような、丸みを帯びつつしっかりした形の耳。
――こんな人見たことない。あたしが田舎で活動しているからだろうか。だとしても、これから先見ることもないだろう。できることならこのまま地元まで持って帰りたい。ああ、全てが完璧すぎる……!
ああ夏愛さん、どうしてあなたはそんなに完璧なんですか? あなたのかわいさで、この後の段取りは全て吹き飛びました。ですがあなたの魅力だけで、何本も動画を作れます。作れてしまいます。この今にも溢れ出そうな想いは、いつもの囁き声程度の声量であればバレないのでしょうか……?
――というかあたし、今からこんなにかわいくて優しすぎる人とVlogのコラボを撮るんですか!? お互いに顔を出していないとはいえ、もう骨格から人間としての良し悪しが出ちゃってますから!
「これ、クイック動画のつもりだったんですけど……」
「ええ……」
こんなの、一分以内に収まんないんだけど……!
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