第29話:愚王の見た夢




 こんなにゆっくりと過ごしたのは、いつぶりだろうか。

 木陰でウトウトしながら、サロモネは考えていた。



 魔物に襲われる恐怖も、空腹に耐える事も無い。

 食べられるのは主に草だ。たまにご馳走として勝手に生えた野菜や果物が食べられるだけだったが、ウサギの味覚になっているので苦痛に感じなかった。


 わずらわしいまつりごとも、過度な期待も、裏を読む人間関係も、何も無い。

 言語による意思の疎通が出来ないから、関係は単純明快。


 食う寝る遊ぶ。

 何て楽な生活だ。




「おい! ウサギを捕まえろ!」

 突然、大きな袋を持った柄の悪い男達が、俺の楽園に土足で踏み込んで来た。

 外なのだから土足なのは当たり前だが、そういう意味では無い。

 無作法に、ウサギを追い掛け回している。


「ここのウサギは、本当は人間らしいぜ!」

「人間攫うより、よっぽど楽だな!」

「はっはっはっ! 街から連れ出せば元手無料タダで奴隷が手に入るぜ!」


 馬鹿な奴らだ。

 俺達は何をしても、ここから出られないんだ。


「でもここのウサギは街から出れないって聞いたぞ?」

 あぁ、ちゃんとこのの仕組みを知ってる奴が居たか。

「それがな。自力では出れないらしいが、檻とか袋とかに入れて奴隷にする時は持ち出せるんだよ」

 親切心とか善意では駄目なんだけどな、と男は笑う。



 悪意を持っている場合に限り、ウサギ――いや、アッロガンテの国民を連れ出せるという事か!

 ここで人間としての矜持すら捨てて、のんびりと暮らす事も許されないと?!


 そこまで酷い事をされるほど、我々が何をした!?




 ここの環境を悪化されたのは自分なのだと、サロモネは気が付いていなかった。


 ミレーヌ達が住んでいた頃は、悪意や害意を弾き、アッロガンテ王国の国民をウサギに変化させていた結界。ウサギは街の恩恵である美味しい野菜や果物を食べる事は出来ず、口にすると新鮮なはずの食材が腐り落ちる。

 それが嫌なら、街を出るしかなかった。


 その後、結界は悪意や害意を弾かなくなり、ウサギに変化する事は変わらないが、街の外へ出て人間に戻る事が出来なくなった。唯一、本当の善人のみが結界を越える事が出来たが、知っている者は殆どいなかった。

 食材が腐ってしまうのは変わらず、野良ウサギとして草を食べて生きていくしかない、惨めな生活を強いられる罰のはずだった。


 それなのに、元凶のサロモネがウサギ生活を満喫してしまったのだ。




「なんか噂によると、ウサギの中に国王が居るらしいぜ」

「あぁ、王都を壊滅させた愚王だっけ?」

「国民を残して逃げたんだよな」

 男達はウサギを追い掛け、捕まえては袋に入れながら、ゲラゲラと笑いサロモネを馬鹿にする言葉を口にする。


「せめてクロワール教の聖女の事を知ってれば良かったのにな」

「何だよな「治癒魔法が使えるのが聖女だ」だっけ? 馬鹿かよ!」

「うちの村にも治癒師が居たよ。とうの立ったババアだったけどな」

「ハッハッハ! この国に来たら『聖女様』だ!」


 男達はある程度ウサギを捕まえて満足したのか、去って行った。

 気になったサロモネは、そのあとをつけた。

 男達が乗り込んだ国境近くに停められた馬車の荷台には、鉄で出来た檻が置いてあった。

 その中に、十羽余りのウサギが入れられる。ウサギを入れるには、大き過ぎる檻だ。


 馬車は国境を越えていった。

 サロモネは結界を出られないので、その先で何が起きているのかを知る事は出来ない。

 しかし、複数の人間が泣き叫ぶ声は、国境を越えて響いてきた。

 耳の良いウサギには、人間だった頃よりも遠くの音が聞こえる。


 サロモネはきびすを返し、駆け出した。



 自分は悪くない。

 聖女が『治癒魔法を使うもの』なのは、アッロガンテ王国では常識なのだから。

 他の国の事など、知らない。

 大国アッロガンテは、他の国に媚びへつらう必要など無かったのだから。


 たかが小国の貧相な王女を娶らなければいけない屈辱。

 その王女が聖女をかたっていたら、それは誰でも、自分でなくても責めるだろう?




 いつの間にか、ウサギの数が激減していた。

「あぁ、またウサギの衝突死か」

 街中を見回っていた傭兵が呆れたように呟く。

 街の中に突然、首の骨が折れた死体が現れる事がある。

 それは、ウサギが木や壁に激突して、死亡した後に人間の姿に戻ったものだった。


「奴隷商人に追い掛けられたのかねぇ」

 傭兵は両手を合わせて、冥福を祈る。

 荷物が側に落ちていないので、追い掛けていた人間に盗られてしまったのだろう。

「アッロガンテの新しい国王に、国民の遺体を埋葬する墓地でも作ってもらうかねえ」

 傭兵は遺体を担ぐと、街の外へ向かって歩き出した。


 可哀想だが、この街には墓地が無い。

 街の外へ穴を掘り、埋めるしか今のところは出来ない。

「国王は、元は神司しんしらしいからな。死者の弔いは得意分野だろう」

 珍しく身包みまで剥がされた遺体は、傭兵によって街の外の荒野に埋められた。




 終

───────────────

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

聖女の概念が国によって違ったら面白いかな~と書き始めたお話でした。

短編詐欺ですみません。(4万字超えました)長編に直します。


また次作でお会いできたら幸いです。

その前に、カクヨムコンエントリー作品を書かなくては(笑)

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