第28話:聖女と未来




 神に愛される国、アフェクシオン。

 その国の第二王女は、『愛されるもの』であり、聖女である。


 しかし『愛されるもの』という称号が付いておきながら、第二王女ミレーヌは愛する事をよく理解出来ていなかった。

 博愛や、友愛、全てを平等に愛する事は出来る。

 だがしかし、他者を押しのけてでも得たいと思うような我が儘な愛、異性を独占したいと思うような愛が解らなかった。


「美味しいケーキがあったら、一緒に食べたいと思う人とか」

「まぁ、それならニノンと食べたいわ」

「いやいやいや。異性ですよ、異性」

「では、その場に居る方と、喜びを分かち合いたいですわ」

「そうではなくて」

「あ! それならお父様とお兄様?」


 ミレーヌとのやりとりで、ニノンはガックリと肩を落とした。

 聖女たらんとした教育の根は深い……というか、それしか知らないのでしょうがない。


「解りました。ミレーヌ様では無く、ミレーヌ様、に作戦変更します」

 それで誠実な相手を見付け、ミレーヌには死ぬまでの間に理解してもらえれば良いだろう、とニノンは考えたのだ。


 当然、優しく綺麗で地位も高いミレーヌを慕う者は多い。

 しかし残念な事に、聖女として見ている者がやはり殆どで、高嶺の花として愛でる対象でしか無い。




「どこかにミレーヌ様を異性として愛してる人はいないかしら」

 ニノンは騎士団の鍛錬場まで来て、テランス相手に愚痴っていた。

「え? うちの副団長で良いんじゃないっすか?」

 テランスが何でも無い事のように答える。


「は?」

「え?」


 ニノンとテランスの視線が絡まる。

 そこに色っぽい含みは何も無い。

「はい? なぜ副団長?」

「え? あんなに判りやすくミレーヌ様大好き~な顔して、まとわりついてるじゃないっすか」

 ニノンが首を傾げる。


「護衛任務だから、側に居るだけでは?」

 ニノンの言葉に、テランスがいやいやと首を振る。

「あの甘ったるい視線とか、嬉しそうな口元とか、びっくりっすよ!」

 今度はテランスの言葉に、ニノンが何を言っている、と否定の意味で首を振る。


「冷静で無表情にしか見えませんが?」

 ニノンの怪訝な表情と呆れたような物言いに、テランスは不満を隠さない。

「それは、ミレーヌ様と居る副団長しか見た事無いからっすよ! 普段の副団長はね、鬼です鬼。無表情で情け容赦無い鬼!」

 それは相手が貴方だからでは? とは、さすがにニノンも言わなかった。



 その後、本当に偶然ではあったのだが、ニノンはテランスの言う事が嘘では無い事を知った。

 王宮をミレーヌの用事の為に歩いていたニノンは、どこぞの令嬢に手紙を渡されているオリヴィエ・クラルティ副団長を見掛けた。


 若くて婚約者もおらず、騎士団副団長で地位も収入も高い上に、オリヴィエは顔も良いのだから、モテないはずがない。

 手紙は恋文か茶会の招待状か。


「仕事中なので、失礼する」

 驚くほど素っ気無く、オリヴィエは手紙の受け取りを拒否した。

 その顔も声も、ニノンが知っているオリヴィエとは違った。

「なるほど……確かにミレーヌ様への態度とは違うわ」

 テランスの発言を否定した事を謝らなくては、とニノンは騎士団のある方向へ、こっそりと手を合わせておいた。



「でもねぇ。判りにくすぎて、ミレーヌ様には絶っっっ対に伝わらないわ」

 騎士団の鍛錬場で、ニノンはテランスとガッツリ手を握りあっていた。

 男女で手を握りあっているのに、残念な事に色気も何も無い。

 相変わらずの力比べである。


「でもこういう事って、周りが変に手を出すとこじれて失敗するもんですって!」

 お互いの腕がプルプルと震え、力が拮抗しているのがよく判る。


「貴方も上司に幸せになって欲しいでしょう? 協力しなさいよ」

 ニノンが更に力を込めた。足元の地面がミシリと音を立てる。

「無茶振り!」

 テランスも負けじと力を込める。同じように足元から音がしており、おそらく足の形に地面がへこんでいるだろう。


 最初は冷やかしていたりした騎士達も、最近では当たり前に受け入れ、誰も気にしない。

 それくらい頻繁に、ニノンは騎士団鍛錬場に来ていた。




「ほら、やはりここに居ましたよ」

 鍛錬場の外側。見学席からオリヴィエは二人を指差す。

「まぁ、本当だわ」

 案内されて半信半疑で鍛錬場へ来たミレーヌが、少し驚き感心したように言う。


 最近、ニノンが席を外す事が増えた。

 他の人間が護衛や世話をしてくれるので問題は無いのだが、妖精達に聞いても教えて貰えないので、ミレーヌは心配をしていた。

 もしかして、ミレーヌの結婚相手を探す為に無茶をしているのでは? と、そう思ったのだ。


「アッロガンテと違い、王城内で過ごす事が殆どなので、体力が有り余っているのでしょう」

 二人を見ているミレーヌの横に、オリヴィエが並ぶ。その距離は、辺境デゼルトに居た頃よりも、少しだけ近い。


「それならば、もっと外へ出掛けた方が良いのかしら。それとも、あの彼と会う事が目的なのかしら」

 ミレーヌが楽しそうなニノンとテランスを見つめる。


「ニノンが側に居ない時は、よろしくお願いしますね。オリヴィエ副団長」

 いつからかミレーヌからの呼び名が「クラルティ副団長」から「オリヴィエ副団長」に変化していた。


 ほんの少しずつではあるが、お互いに距離を縮めているようである。

 ミレーヌは無意識に。

 オリヴィエは意図的に。



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