第27話:聖女と過去




 王城の中にある王族の私的空間。

 更に、久しぶりに帰って来た自身の部屋で、ミレーヌは酷く落ち込んでいた。


「どうしましょう、ニノン」

 アフェクシオンに帰って来たミレーヌは、『不甲斐ない自分を温かく迎えてくれた家族』との楽しい晩餐を終えたはずだった。

 いつもは付き添うニノンだったが、久しぶりの家族の時間だからと遠慮し、ミレーヌの部屋で荷物を片付けていたので何があったのかを知らない。

 因みに『不甲斐ない云々うんぬん』を言っていたのは、ミレーヌ本人である。


「どうかしましたか?」

 返す言葉として正しいのかは疑問だが、他に聞きようがない。

 ニノンに質問されたミレーヌは、頬に手を当て、首を少しだけ傾げる。

「聖女としてではなく、ミレーヌとして結婚相手を探すように言われてしまいました」

 なるほど、とニノンは悟った。

 好きな相手と結婚して欲しいという、親心だろう。


 しかしミレーヌに、その心は届かなかったようで、落ち込み、戸惑った様子を見せているのだ。

「聖女じゃない私って何なのでしょう。私は生まれた時から聖女であり、死ぬまで聖女なのです」

 物心ついた頃から聖女として育てられてきたミレーヌに、聖女でない自分など居ない。



 まるで呪いのようだと、ニノンは思った。


「昔、木登りしてた頃のように、好きな事を探して、それを一緒に楽しめる方を選べば良いのですよ」

 ニノンの言葉に、ミレーヌは首を振る。


「あの時一緒に木登りした子は親に注意され、二度とお城に来なくなりました。それに、木も生きているので可哀想だし、私の行動はシャッフェン様が見ているのだからと、二度としないように言われました。そのような悪い事をする人とは、一緒に居られませんよね」

 ミレーヌの中では、木登りがどれだけの悪に位置付けられてしまったのだろうか。


 危険だから止めるように、それで良かったのに、さも神に咎められるかのように注意したのは誰だろうか。ニノンは内心で舌打ちした。

 おそらく子供の頃から、大人に都合が悪い事は「創造神が見ているので止めなさい」と言われてきているのだろう。


 創造神が常に見ていると言うのは、嘘では無い。祝福とはそういうものだ。

 しかし、それを盾にして行動を縛るのは間違っている。


「ミレーヌ様、木登りくらい創造神も許容範囲です! 私など、兄と実を取ろうとして枝を折った事もあります。それに、もしかしたらその一緒に木登りした男の子も、凄い出世して偉い人になってるかもしれませんよ!」

 ニノンはミレーヌの教育をやり直そうと決めた。




「ふぁっくしゅ!」

 騎士団の執務室で、副団長のオリヴィエが盛大なクシャミをしていた。

 珍しい現象に、団長のガストンだけでなく、団長補佐のアルフレッドも目を見開いている。

「失礼しました」

 オリヴィエが平静を装いながら軽く会釈する。


「副団長~誰かに噂されてんじゃないっすか~? 若い女の子だと良いっすね~」

 補佐官のテランスが揶揄からかうと、恐ろしい睨みが返ってきた。



 その時、テランスの台詞を肯定する言葉が降ってきた。

『あながち間違ってはおらん。ミレーヌと侍女だからな』

 四人が驚いて声の主を探していると、何も無い部屋の真ん中の空間が光り、長い髪の美丈夫が姿を表した。


 妖精王である。


「え? どんな噂ですか? 悪口だと嬉しいですね」

 テランスが物怖じせずに、妖精王に話し掛ける。

 アッロガンテ王国の辺境デゼルトに居た時も、妖精王に対して普通に話し掛けていた、ちょっと空気の読めない残念な人なのだが、それが許される雰囲気もある。


「悪口だったら、私は即騎士団を辞めて旅に出る」

 オリヴィエがどこまで本気か判らない事を口にする。

 ガストンか若干顔色を悪くしているので、9割方本気なのかもしれない。


『悪口では無いな。思い出話と言った方が正しいだろう。木登りを一緒にした時の話だ』

 妖精王の言葉に、テランスだけではなくガストンもアルフレッドまで驚いている。


「何か文句でも? 私にだって子供の頃はありました」

 ほんのり頬を染めるオリヴィエは、難攻不落の冷徹副団長と噂されている御仁には見えない。噂しているのは、主に若い令嬢達である。



『椋の木に登って怒られておったな』

 当時を思い出したのか、妖精王が笑う。

「木のうろに何が入っているのか気になったのですよ」

 子供らしい好奇心である。

『ミレーヌまで一緒に登ってしまって、かなりの大事おおごとになっていた』

 妖精王は微笑ましい、という表情をして笑っているが、当時はさぞ大騒ぎになった事だろう。


「それはもう。父や母だけでなく、神殿の騎士や神官に、侍女やおそらくミレーヌ様の乳母にまで怒られましたよ」

 オリヴィエが大きく息を吐き出す。

「しかも罰として、残りの夏季休暇期間を騎士団で見習いとして参加させられました」


「あぁ! 何で急に子供が来たのかと思ったら、悪戯の罰だったのか!」

 ガストンが笑う。当時はまだ団長ではなかっただろうが、騎士団に所属はしていた。

 16歳も年の差があるので、今まで気付いていなかったようだ。

 顔を背けて肩を震わせているアルフレッドも、当時のオリヴィエを思い出しているようだった。



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