第19話
「そこでだ。友好の証として、我もラピテルに家を買いたいと思っているのだが、物件をどれか売ってはくれまいか?」
「それならどれでも好きな家を貰ってくれて構わないですよ」
「そうか、ならば……」
グレステリアはジュエルラビットに貸した家からそう離れていない家の前で立ち止まった。
「よし、ここだ。日当たりも良いしこの家にするぞ」
グレステリアが指さした物件は今でこそボロボロだが、上品そうな装飾が施された、元々は上流階級が住んでいたのではないかと思わせる建物だった。
「とりあえず1,000万マーニで足りるだろうか?」
「1……1,000万!?」
もともとラピテルの土地に価値はない。
わかりやくす100坪に分譲したとして、1,000万だと坪単価10万マーニということになってしまう。
「資産価値なんてほとんどないですから、こちらも友好の証として無料でお譲りします」
「そういう特別扱いを受ける訳にはいかん」
特別扱いも何も、本当にただの不良債権なんだけど。
「そう言われても、現状では本当に価値のない土地なんです。それをそんな値段で売る訳には――」
「現状では……だろ?」
グレステリアは私を見据えると、笑みを浮かべた。
「ならこれから価値を与えてやればいいだけのことだ。ここは魔族領と人族領の懸け橋になる唯一無二の町だ。我はもう決めたぞ、1,000万でこの土地と建物を買う。先行投資としてみれば破格の値段だ」
そう言って、グレステリアは豪快に笑った。
見た目は同い年位だというのに、凄い決断力だと言わざるを得ない。
魔族を束ねるだけあって、侮れない人物であることがヒシヒシと伝わってくる。
「これであらかた我の要件は済んだ。じゃあ……そろそろ……限界でな」
そのまま、グレステリアは崩れ落ちていった。
慌てて体を支えると、既にすやすやと寝息を立てている。
豪胆……いや、破天荒と言った方がいいかもしれない。
とりあえず、すぐに自分達の家に運ぶことにした。
「ははは……それにしても、まさか魔王と友好関係を結ぶだなんて、リリには驚かされてばっかりだよ」
「ふふん、これでも領主だからね!」
何が「ふふん」なのか自分でもよくわからないが、とりあえず領主として一仕事終えた気分だ。
その時、外が次第に騒がしくなる。
窓から外の様子を伺うと、大量の護衛を連れた馬車がラピテルに到着した所だった。
積み荷から察するに、やってきたのはホームセンターの資材のようだ。
……ということは。
出迎えると、先頭の馬車からあの時の店員さんと恰幅のいいおじさんが一緒に降りてきた。
「お初にお目にかかります。ワシは資材館の代表取締役の『ブエナ・ラド・ドワフ』と申します。こちらは息子の『ブエナ・ラド・ティーダ』です」
「昨日はどうも、ティーダです」
昨日接客してくれたティーダと名乗る店員が、ペコっと頭を下げた。
「アクノ・フォン・リリージュです。こちらこそ、遠い所まで資材を運んで頂き、ありがとうございます」
「それにしても、リリージュ様。ラピテルの領主になられたとは聞いておりましたが、本当だったのですね」
「はい……まだ何も手を付けられていませんが」
「いやいや、すでに魔物を排除されたようで、一体どうやったのですか? ラピテルが復興できない一番の理由は、魔王領が近いために強力な魔物と遭遇する可能性が高いのが原因だと曾祖父の代から聞いていたのですが……」
初耳である。それなら確かに、これだけの護衛兵が必要になってくるだろう。てっきり盗賊対策だと思っていた。
兄さま……そんなところに私を追いやろうとしていただなんて……。
今更になって怒りがこみあげてくる。
それにしても本当に無知でよかったと思い知らされる。
ドワフは周辺に未だに魔物が現れないことを、不思議そうに見回していた。
「そんな警戒しなくても大丈夫ですよ。ラピテルは魔族と正式に友好関係を結びましたので、魔物は襲ってこないんです」
「そんな……まさか!?」
その時、ドワフが私の後ろに何かを見つけた。
振り返ると、そこにはジュエルラビットがいた。
「あれはジュエルラビット!? 早く倒――」
「ストーップ!!」
本日二度目のやり取りである。
ジュエルラビットもラピテル領の大事な住人であることを説明した。
「魔物が襲ってこないどころか、共存が可能だなんて!? これは、どえらいことですぞ!?」
ドワフはおろか、ティーダ、その他の護衛兵まで目を丸くし、ざわつき始める。
「ちなみに今、グレステリアも寝てるから静かにしてあげて下さいね」
「グレステリア……って、もしかして魔王の?」
ドワフが生唾を飲んだ。
あの人、本当に魔王だったんだ。
特に疑ってはいなかったが、私自身は魔王の名前も知らなければ見たこともなかった為、やはり第三者がその存在を証明してくれると本物だという実感がわく。
「もしそれが本当なら……」
ドワフが顎に手を当て俯く。少し考えたあと、すぐに顔を上げた。
「リリージュ様、どうかラピテルの土地を売ってはもらえないだろうか。素材館のラピテル支店を作りたいのです!」
「えっ!? 本当ですか!?」
もしそれが実現できたならどれ程ありがたいことか。いちいち資材を買いに行く手間が省けるというものだ。
「もしラピテル支店が出来れば安定した物資が届けられます。それにもし、ラピテル復興の為の資材を専属で卸させてもらえるなら、定価の2割……いや、3割引きで取引させて頂きます!」
「それは願ってもない申し出です!」
「それは良かった! ちなみに土地の相場はおいくらなのでしょうか? 店舗や倉庫なども必要になるので、出来るだけ広い土地を購入したいのですが、予算もありますので」
「値段……ですか?」
ドワフの言葉に動揺してしまった。
土地を売るにしても現状では値段のつけようがない。
もし値段をつけるのだとしたら、今後ラピテルが発展する期待値に対してだろう。
それはつまり、ラピテルの発展は領主である私の手腕にかかっているということだ。
領主などやったこともない私が、本当にラピテルを発展させることができるのだろうか。まるで自分の能力に自分で価値を付けろと言われているようだ。
領地経営に失敗したら……グレステリアやドワフ達、皆に迷惑をかけてしまうことになる。もし、それで破産して路頭に迷わせることになってしまったら……。
急に現実に引き戻されたようで、言葉が何も出てこなくなる。
【カクコン9】ブラック不動産会社に勤める私。異世界に行っても不動産トラブルに巻き込まれてます。 北乃 試練 @hauma5670
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