第18話
翌朝、ミラ姉にラピテルを案内していると、ピーピーウサギが飛び出してきた。
「ジュエルラビットだ! 早く倒さないと!」
「ちょっと待った!!」
ラピテルの案内の途中、建物から出てきたピーピーウサギを見つけ、ミラ姉が駆け出したのですぐに静止する。
どうやらピーピーウサギ達は、正規名称をジュエルラビットというらしい。
ピーピーウサギと安直な名前を付けてしまったことに、今更ながら恥ずかしさがこみ上げる。
それにしても何でジュエルラビット?
「あの子たちはここに住んでるから、倒したら駄目だよ」
「え? ジュエルラビットが……住んでるだって?」
「そうだよ、ほら」
ピーピーウサギ改め、ジュエルラビットに提供した建物内にミラ姉を案内する。
すると、もう一匹のジュエルラビットがいた。
そのすぐそばには、何やら奇麗な石が落ちていた。
「何これ?」
「それはジュエルラビットの額の埋まってた石『リルカラッド』だよ、貴族間でもなかなか手に入らない貴重な宝石なんだけど……」
すると、目の前にいたもう一匹のジュエルラビットの額からも石がポロンと落ちた。額から新しい赤い石が薄っすらと生えている。
「まさか……リルカラッドが生え変わるだなんて」
「そんなに珍しいことなの?」
「むしろ世紀の大発見だよ! ジュエルラビットは幻の魔物なんだから!」
ミラ姉の話によると、ジュエルラビットは人生で一度しか見られないと言われるほど希少なウサギだという。
もし倒してリルカラッドが手に入れば、一生豪遊できる値で売れるとか。
しかし、その特性は子供でも倒せるほどに弱いのに、とにかく逃げ足が速い。
それ故、ジュエルラビットを見つけたらとにかく倒せと子供の頃から教わる。それが、一般家庭の常識だった。
……まったくもって知らんかった。
アクノ家の場合、リルカラッドを見かけたらとにかく言い値で買えと教わっていた。
貴族たるもの、宝石は採取するものではなく、買うものなんだとか。
通りでジュエリーラビットを見ても気が付かなかった訳だ。鉱山で採れるものだとばかり思っていた。
「ようやっと来たか……」
その瞬間、私たち以外は誰もいないはずなのに、建物の奥から声がした。
「誰!?」
咄嗟に声を上げ身構える。すると、奥の部屋から一人の少女がゆっくりと歩いてきた。
私と同い年くらいに見えるが、頭には大きく捻じれた角が生えていた。どうやら、人間ではないみたいだ。
白い長い髪と、紫の瞳。眠たそうな薄目でこちらを見据えている。
「我は魔王領最高責任者、魔王『グレステリア』である。最近ラピテルに来た新しい領主とはお前か?」
ついに魔王が来てしまった。
もし戦闘にでもなれば、人間など一溜りもなさそうだが。
魔王の問いかけにミラ姉が一歩前に出ようとしたが、それを抑えて私が前へ出る。
押し付けられたとはいえ、領主になると決めたのは私だ。
このままミラ姉の後ろに隠れて、ぶるぶると震えているようでは話にならない。
ミラ姉は守るべきラピテルの大事な民でもあるんだから。
「リリッ!!」
「大丈夫、任せて!」
特に何か策がある訳ではない。
でも、殺す気なら声をかけずに襲ってきてたはず。だからきっと大丈夫。
自分にそう言い聞かせた。
「私がラピテルの領主、『アクノ・フォウ・リリージュ』です。魔王グレステリアさん。何か御用でしょうか?」
「敬称などいらん。我は唯一無二のグレステリアだ。それに、用があるから昨日から寝ずに待っていた」
そうか、だからそんな眠たそうだったのか。
昨日の深夜に帰ってきた時もこの建物の中で寝ずに待っていたのだと思うと、爆睡してしまってたことがなんか逆に申し訳なくなった。
グレステリアはふらふらと壁にもたれかかりながら話を続ける。
「それで……要件とは?」
「ジュエルラビットが人間から部屋を借りたと言っていたので様子を見に来た。どうやら、本当にジュエルラビットと契約したようだな」
「契約……?」
「ここに住んでいいと言ったのではないのか?」
「……あ」
確かに……住んでいいって言ったわ。
『契約』とは本来、書面を交わさなくても、口頭で約束するだけで効力を発揮する。
ただ、まさか魔物に言葉が通じていたとは思っていなかった。
「ジュエルラビットも驚いていたぞ。たかだか部屋を貸りるのに、紅玉……人族で言うところのリルカラッドを二つも要求されるとは、思ってもみなかったらしいとな」
グレステリアはくつくつと笑う。
え……うそーん。
確かにノリで「もう一声」とか言っちゃったけど、そんなんで
ってことは何、家賃高いからルームシェアしようぜって感じで、二羽になって戻ってきたってこと?
要求した私が言うのもあれだけど、家賃ぼったくられすぎじゃない?
「まぁでも、立地もよくて気に入ってるそうだ。これからも良くしてやってくれ」
「あ……はい。ってことは、別に私たちを襲いに来たわけではないってことですか?」
「当然だ、友好的な人間を我々魔族が襲う理由はない。回収し忘れた光熱スライム達も危害は加えられていないと言っていたしな。むしろご飯もくれると喜んでおったくらいだ」
何かわからないけど、命拾いしたようだ。
しかし、なら何故未だに人類と魔族は相容れられていないのだろうか?
「でも、魔族は本来、人間を見ると襲うんですよね? 何で私達だけ襲われなかったんですか?」
「我々魔族には友好的な人間には友好的に接するという法律がある。それを見極めるのがジュエルラビットだ。こやつらを見て襲わない人間なら、魔族側もその人間を襲うことはしない」
「……なるほど」
どうやらジュエルラビットは人間と魔族との有効度を図る試金石の役割をはたしていたらしい。
だから人生で一度しかその姿を見せないし、逆に言えば必ず一度は現れる。
そして不幸なことに、人間はジュエルラビットを見ると兎に角襲えと言われて育つため、試金石によってはじかれた人間たちは、魔族から敵とみなされ、問答無用で襲われてしまうという。
逆に人間側も魔族に対抗するため、見つけ次第討伐するという悪循環が繰り返されているようだ。
ということは……。
あ、あっぶねー! 無知でよかったと思える日が来るとは思いもよらなかった。
最初からジュエルラビットのことを知ってたら当然に追いかけまわしていたし、危険だと知ってた上で箱を持ち上げてスライムが出てきたら、その箱で殴ってたかもしれない。
グレステリアが回収し忘れたと表現していたことから、光熱スライム達は魔族側の水道やガスを担っていたのだろう。
それが取り残されてしまったものだから、人間を見たスライム達はあんなにビクッとしていたのか。
……ちょっと可哀そうなことをしてしまったかも。
もし私が魔物に抱きつかれ、顔(体?)をペチペチされたらと思うと、確かに引きつった表情にもなるかもしれない。
……さぞや怖かったことだろう。
ペチペチしていたこともグレステリアに言わずにいてくれたようだし、これからはもう少し優しくペチペチしようと心に誓った。
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